ちしきよく。

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ポジティブ思考の「押し付け」はうざいし迷惑



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荒れた題名ですがそう思ったのでぶちまけるぜ!!!

ちゃんと読んでくださいよ。タイトルだけみてブクマとかやめてくださいね。

 

そのポジティブな考え方とやらを他人に強要しないでくれ。

そういう人がけっこういるので辟易してます。私もしないように気を付けてますが、普段してたりされたりしてません、皆さん?

 

ポジティブ思考・ネガティブ思考の定義

ポジティブ思考は「これから物事は明るくなっていくだろう」という考えを無条件に抱いている人間、ネガティブ思考は「これから物事は明るくはならないだろう」という考えを無条件に抱いている人間とします。

 

ただし「ポジティブだけ!!」という人はいないので、その比率、割合によって決めます。また、比率を計算なんてのも無理なので、自分がポジティブだとおもえば、それはポジティブなのだ、というマイ定義も、オッケーにします。

 

それをふまえた上で以下読んで下されば。

 

お前の悩み、くだらんなあ っていうアレ

どこかで書いたけどこれ言われたら腹立ちません?腹立てちゃ駄目ってわかってるけど立ちませんかね?

悩みを相談してる側が上からいうな!って言われそうですが、腹立つもんは腹立つからしょうがない……。

 

オレにもそれぐらいの悩みはある、そんなことで悩むな。

 

励ましてくれてるのは痛いほどわかるんですよ。

 

結局人間の悩みなんて100パー共有するのは到底無理であって。

それを承知で相談してるのにその言い方は何なんだ。

 

他人からみていかに下らないことでも、本人からすれば死ぬほどきつかったりするもんなんです。部活やめるかどうかで病んでた時もそうでした。周りの人たちは「なんとかなるやろ」って、まるで「パンがないならお菓子を」「穀物がないなら肉がゆを」ってノリで言ってくるんですよ。

 

薄い関係の友人にもそれを求めたりはしません。

でも親が言うってなんなんだ。

 

私の親はポジティブシンキングとやらが大好きです。人生いろいろあったんだろうけど、「なんとかなるさ」のひとことで、息子にそれを強要してほしくない。私には私の考え方があるし、それを尊重してほしい。

悩みを、一つの大きな悩みとしてとらえてほしい。

 

今は一人暮らしをしてるのでそう感じることはありませんが、一緒に暮らしていたときはちょっとうんざりだったものです。それが親からの卒業ですけどね。

 

ネガティブは駄目なのか?

なぜポジティブ思考が世の中に広まっているのかというと、それは「ネガティブ思考の人って自己肯定感が低そう」みたいな、思い込みによるものだと思うんですよ。もしくは「ネガティブ思考の人と一緒にいると疲れる」みたいな、一定の共感を得られるような意見も、まああるかと思います。

 

後者は確かにそうとしても、前者は納得できないんです。

 

私は陰キャだし、ネガティブ思考だけど、「このままの考え方でも十分生きていける」と思っているので、ネガティブ思考を欠点として、直そうと思ったことはありません。今のところ。

 

それから、周りにネガティブ思考を押し付けたりもしてないように配慮してます。

暗い話を聞けば、それだけで気持ちが沈むのは当然ですから。

 

ところが親……ポジティブ思考信者によれば、どうもそうではないらしい。

小さいころから私は

「いいかい、ネガティブな思考をしていると不幸がやってくる、ため息をつくと幸せが逃げていく。だから常に前向きで」云々。

やめてくれえ~~~!

 

ネガ・ポジとは特性なのでは

世の中の多くの人が「ネガティブ思考は変えることができる、ポジティブはいいことなんだ」と考えているように思えます(ネガ派の一意見です)が、ネガティブとかポジティブって、その人個人の根幹をなす、大きな特性のひとつだと思うんですよ。

 

変えることができると信じるのが自己啓発の類ですが、逆に言えば、他からのインプットを行わない限り、変えられないような難しいもんなんです。

また、変えたところで本当にいいことがあるのかも、ちょっと疑問だったりします。

個人的には、その難しさは、(大人になってから)運動神経を良くするとか、理解力を高める、みたいな技能と同じもんだと考えています。小さい時の教育や環境がおおきく影響する点でも。

 

一朝一夕に変わることはないはずなのに、押し付けてくる人が多いのは「こっちのほうが幸せだよ!!」と信じ込んでいるためだと考えられます。すごく意地の悪い言い方をすれば、宗教勧誘と同じです。

 

信じ込んでいるから、我々ネガ派が「別に変わりたくもない」と思っていることにも気が付かないのでしょう。まあ、前向き後ろ向きに関係なく、他人の考え方に干渉する人にロクな人がいないのは、周知の事実ですが。

 

よくネガティブさんといると気持ちが落ち込むから嫌だという言論を耳にしますが、逆に明るさを押し付けてくるようなのも、うんざりしそうです。

 

 

ネガティブ派の生き方(一例です)

私が後ろ向きな生き方をしてることの実例として、

 

www.chishikiyoku.com

 

この記事を読まれると、さらに理解が深まると思います。

要約だけしますと「人間死のうと思えばいつでも死ねるんだから、別に今日急いで死ななくてもいい」という不謹慎な思いで何とかその日を生きていた」らしいですね。くっさ。

 

正直、このときの自分にいろいろ言いたいことはありますが、それでもやはり、私の根本をなす部分としては、この自分と全く変わっていません。

やはり「人間はいつでも死んでしまうし、そのぐらいの気持ちのほうが楽」という考えを保ったまま、今まで生きています。

 

なぜ私が安定していられるのか

たぶん疑問だと思うんですよ。「死のうと思えばいつでも死ねる」って、これ以上ないぐらいで不謹慎で、甘えるな!!と、ネットのお偉方にぶちかまされそうな意見じゃないですか。不謹慎なのは正論なんだけども……。

にも関わらず私が今までなんとかやってこれた理由。

いつか緊張の糸が切れてしまいそうなのに。

 

たぶんですが「自己肯定感」が、要因として大きいかなと。

つまり「ネガティブなままの自分を受け入れてくれる人がいる!自分はこのまま生きていてもいいんだ」という考え?思い込み?が、自らを安定させているというわけです。

 

母親はうんざりするほどポジティブ思考だったんですが、今まで出会ってきた友人たちはそうではありませんでした。私のくだらない悩みを聞いてくれたり、解決のために一緒に動いてくれたり、考え方に共鳴してくれたりしたものです。

 

*1

 

このブログを読んでくれている友人たち(とか先輩とか後輩とか)には、感謝してもしきれません。私をひとりの存在として、認めてくれているのですから。

 

同じ友人を見つけるのが手っ取り早いか?

某友人とこの前話したのですが、やっぱり「朱に交われば赤くなる」というか「類は友を呼ぶ」的なアレ。たぶん結構あると思うんですよ。

ポジティブ思考で明るい人の周りには明るい人が集まり、逆に我々後ろ向き軍団は同じ思想でつるむ。

私も、もし「なーにクヨクヨしてんだそんな下らん悩みで!」って言ってくる友人ばかりだったら、今頃この世にいないかもしれません。共鳴してくれる友人たちが偶然に周りにいたからこその話なのです。

 

だから、今、理解者がいなくて悩んでいる人がいたら、もう「同じような考えを持つ人」と仲良くなるのが、一番手っ取り早いんじゃないかなと思います。それが難しいんだけどね。

 

でも少なくとも、ポジティブ思考を無理やりに始めるよりは、楽かと。

 

自分が考えることを他人にも共有してもらうことは、思った以上に精神的な負担を取り除いてくれます。それがコミュニケーションの本質だ、とまで言い切ってもいいかもしれません。

 

ただそれは、周りの評価(「おだて」ともいう)により、私が勝手に自信をもってるからで、「友達の友達」ぐらいなら1時間で打ち解けて友達になる、レベルの人間*2に、そうでない人の気持ちがわかるとはとても思えないので、この解決策も万全とはいきません。

 

「そもそもそんな友達がいないからネガティブなんじゃあ!!!」と言われれば、それでおしまい。

 

自分がいかに運に恵まれていたかを、嫌というほど実感します。

 

ポジティブ思考の方々へ

こういう考えをもつネガティブ思考の人も、あなたが知らないだけで確かに存在するということ、それだけを心の中に留めておいていただけると、幸いです。

ポジティブ思考が考え方として素晴らしいことは、十分承知のうえです。

しかし私にとっては、自分の考えが一番なのであり、それ以外の生き方を知らないのですから、この特性をもっている以上、変えることは困難なのです。

 

相手をポジティブに矯正しようとすると、自分も相手も疲れるだけだと思うので、静かに距離をとってあげてください。それで私たちには十分です。

*1:自分語りになりますが、私のことを「親友」「なんでも話せる人」と面と向かって言ってくれた友人が5人も6人もいるというのは、かなり幸せなことだと自負しています

*2:に、いつの間にかなってしまった