ちしきよく。

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中学・高校数学における「クソ教師」のはなし



あとで読む

ツイッターで回ってきた画像。よーく見てください。

 

(2018年7月1日20:48追記:ここに貼っていたツイートですが、(画像および文章の著作権をツイ主さんが保持しておられないということで)ツイートの引用は削除いたしました。使用する際は今度から事前に承諾をとってからにします。

また、まるでツイ主さんが「この先生がクソ」と考えているかのようなまとめ方をしていまい、申し訳ございません。あくまで私の第一印象です。

 

それから、追加の情報ですが、画像は高校数学ではなく高校化学についてのものであり、"GUCCI"先生は

 

 

 

 

というように、私が傍目からだけで見た最初の印象とは異なり、生徒に慕われている先生であったようです。情報を精査せずに飛びついてしまったことを、大変申し訳なく思います)
 

よって下の記事は"GUCCI"先生にあてたものではなく、一般論として、今から話すようなクソな(数学の)先生もいるよ、ということでお願いします……。

 

 

 

数学の解き方は一つではない

私が数学を面白いと感じたのは、まさに「いろんな解き方があるのに、答えは一つになる」という部分でした。

中学生のときの話でいえば連立方程式がそれ。

 

連立方程式の解き方っていろいろあるじゃないですか。加減法と代入法を習いますね。

加減法でいえば、どっちに何をかけても答えは一つに絞られるし、代入法で言えば、どっちにどっちを代入してもちゃんと答えが出てくるんです。

というか加減法だろうと代入法だろうと、やっぱり答えはおなじ。

 

 

それがなぜなのか知るのはだいぶ後になってからでしたが、ともかく、いろんな解き方があるのに、ちゃんと答えが出てくる、道順は違うけど、おなじところにたどり着く、そういう事実がとても神秘的で、ひとり興奮していたものです。

世の中の数学好きの方々は同じことを誰しも感じたことと思います。

 

 

高校になるとこれがさらに、いくつも別解が表れ、幾何(図形のこと)で解いても、ベクトルで解いても同じ、とか、複素数で解いても三角関数で解いても同じ、みたいな、全く違った分野で計算してるのに、ちゃんと同じ解が表れると知り、さらに面白くなりました。

 

 

しかし世の中には「自分の教えたやり方以外で解くことを許さない」という先生もいるのが事実です。私も何度もそういうクソな先生に当たりましたし、別の学校の友人もそうだったようです。

 

数学の本質を完全に無視している

何がクソなのかというと、自分の言うことに従ってくれなかった怒りで「道順は違っててもいい、いくつもあっていい」という数学の本質……中高生にとっては神秘になりうる発見……を完全に無視していることです。

結局正義ぶってはいますが「自分が教えた方法に従わなかったからキレている」だけじゃないですか、これ。

仮にも数学の先生がそんな幼稚でいいんでしょうか、論理もクソもない。

 

で、実はこういう類の先生って、普段は見えないだけでいるんですよ。

 

www.chishikiyoku.com

 

上の記事は塾の生徒が話してたことです。フィクションだったらどんなにいいか。

「俺の授業ではエックス と カイ を使い分けろ。エックスで書いてこい。カイで書いてきた奴のテストは採点しない」と言い放ったクソ教師のエピソードです。

代数学的にはどの文字を使っても問題ない*1はずなのですが、なぜかかたくなに自分の言い分を曲げようとしません。

 

数学の本質を教えるのが数学の先生の仕事のはずなのに、やっていることがあまりに支離滅裂で、もはやことばが浮かびません……。

 

 

教えるという行為の罪深さ

中学の時にお世話になった、いわば私の恩師とでもいうような先生がこう言っていたのを覚えています。

「教えるってのは罪が深い。先生、先生って呼ばれるから、どうしても自分のほうが正しい、って思っちゃう」と。

 

別に教科は関係なく、学校の先生でも塾でも構わないのですが、私が教えていてその側面を実感することは多いです。

 

先生、と呼ばれて慕われたりチヤホヤされたりすると、次第に人間の心を失いがちになるんですよね。じゃあ解き方を強要する先生だけがもともとクソだったのか、というとそうじゃなくて……「『先生』と呼ばれる地位」に立ったら、心の中の驕りが露呈することがある、ということです。

 

ましてや学校の先生はその教科のプロです。自分のほうがいろんなことを知っている、長く生きている、沢山の問題を解いている、そう思えば思うほど、誇りがどこかの地点で驕りになるのでしょう。

 

「どうして自分の言うことに従わないんだ!」と歯がゆくなる気持ちは、百歩譲ってわかります。しかしながら、私の恩師のように、初心……というか自分の弱さをちゃんと自覚して、生徒の前で人格者として振る舞うことを忘れない先生も確かにいます。

 

 

セカンドオピニオンを活用しよう

これ、私が塾講師として口を酸っぱくして生徒に言ってることなんですが、中高生の皆さんは「セカンドオピニオン」を活用しましょう。

 

セカンドオピニオンとは「主治医に診断を下されたとき、主治医以外のお医者さんの考えを仰ぐこと」です。

私がここでいうセカンドオピニオンとは「その先生の教えたことだけが正しいのだと思いこまず、ほかの先生に確認してみる」ことを指します。

 

そう思い込むことは、数学の本質を無視することに他ならず、……それどころか実用的な意味でも、発想が思い浮かびにくくなるということで……実はあまり良いことではありません。

 

だから私は生徒につねづね「この解き方だけじゃないからね、私の解き方が変だと思ったら、学校の先生とか他の先生に聞いてね」と言っています。

 

そうすればクソ教師の言うことに毒されずに済みますし、(立場上、ほかの先生はそのクソ教師の言うことを「間違ってる」と面と向かっては言えないと思いますが……)もしもの時の味方になってもらえたりします。

 

職員室で堂々と聞きに行くとクソ教師から反感を買う恐れもあるので、昼休みとかに捕まえて、こっそりと相談してみましょう。

 

今そういう先生が担当のひとは、とりあえずその先生の前では従っているように見せかけて、担当が変わってからもとに戻せば大丈夫です。もちろん正しいと思えば、そのまま従うのもアリだと思います。

 

ふざけるな~~!!

 

子どもに聞かれたとき、親として、先生として答えられないとちょっとハズカシイ、答えられるとかっこいいいろんなことがらを集めた良著です。分数の割り算で逆数をかける理由、1.3×3の図形的な意味、…大人が教養として読み返すにもおすすめです。

*1:理屈では「ドラえもんの絵」でも大丈夫です