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なぜ近親相姦(インセスト)は禁忌(タブー)なのか【その3】



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またまた間隔があいてしまった。今回でラスト。

 

 

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なぜ近親相姦がタブーになっていたのか、そのラストは「近親相姦のタブーについての考察が、西洋絶対主義をぶちこわした!!」というサブタイトルでお送りする。

 

その前に2回目の講義の復習をしておこう。

 

近親相姦が否定されるのは、「妻」と「姉妹」という、違ったタイプの女性、生物学的に見てその違いの分からない両者を区別し、「姉妹を他の部族に与えて、妻をもらう」という交換を成り立たせるため……である。

なぜ交換するかといえば、それはお歳暮やお年賀と同じで、「私はあなたのところと敵対してないんですよ」ということを示すため。

それは人類が生き残っていくうえで必須の能力、コミュ力とでもいうべきもの。

 

以上、復習終わり!

 

西洋がえらい、西洋が一番だ

今の日本人にも相当数いると思うが、「人類というのは、どうしようもなく救いがたい悲惨なところから、いろんな争いや和平を経て、西洋のようにスマートな文明を持つようになる」という考え方。

 

で、その正しさを保証していたのが、まぎれもなく西洋の歴史そのものだった。

世界史談義をするつもりはないので素通りするが、西洋から争いというものがなくなったことはこれまで一度もなく、したがって確かに、哲学だとか論理学、数学のような、他の地域ではあまり発展しなかった学問が大成したのも確かである。

 

しかし、それゆえ、西洋の人々は「俺らが一番なんだ!人類をみな俺らの文化のレベルに引き上げることが、俺らの使命なんだ!」と勘違いしてしまう。

 

これをムズカシイことばで「ヨーロッパ中心主義」なんていう。

 

 

おそらくそれを聞いたとき、二通りの立場が予想される。

 

まず「そんなことないやい!すべての文明はすべて尊重されるべきであって、未開だとか洗練だとか、そういうことばで格差をつけちゃ駄目なんだい!」って立場と、

 

「西洋が他のところと比べて優れていたからこそ、世界を支配することができたのも事実。確かに西洋の文化は、他のところよりも優れてるだろ」って立場。

 

差別しない主義の方々は前者と主張するかと思う。

では聞き方を変えてみよう。

 

「汚い水でトウモロコシの粉を練ったものを、指につけておいしそうに食べているアフリカ人を見て『かわいそうだな』と思いますか?

 

こうやって聞かれると自信がなくなってこないだろうか。

かわいそう……まあでも、それが彼らの文化だしなあ。

いやでも、やっぱ不潔な環境だし、水もとれないし、トウモロコシってまずそうだし、かわいそうっちゃかわいそうだな。

なんとかして僕らが、救ってあげたいな!

 

そう感じたならば、あなたは「西洋中心主義」というものに、どぷりと肩まで浸かっている、と言ってよいかもしれない。

 

数学によってそれを否定!!

レヴィ=ストロースはしかし冷静だった。

西洋の人達は「彼らはなんてかわいそうなんだ」というけど、ほんとにそうなのか?

彼はなんと実際に部族のところに行って、一緒に裸になって踊ってみたり、ハタから見れば意味の分からない儀式に参加したりした。

……きっとそうするうちに、見えてくるものがあったのかもしれない。

 

彼はその後「親族の基本構造」という本を著するに至る。

……これこそが、世界を震撼させた、構造主義の全貌だ。

 

未開の地の婚姻システムと群論

彼の業績を、たったひとことでまとめてみよう。

それは、「未開の地にあったナゾの婚姻システムと、西洋が生み出した知の巨塔である数学の抽象代数が、同じであることを示した」のである。

 

それはつまり、自分たちが絶対だといって言い張っていた数学……西洋の正しさのほぼ全てを担保していた数学が、数学を知らない人達によって先に発見され、実用的に用いられていた、という屈辱であった。

 

実感がわかないと思うので、ナゾの婚姻システムの話をしてみたい。

 

ナゾの婚姻システム

 アボリジニにある集団の婚姻システムが、現代日本からしてもまことに奇妙で、また複雑なのである。

今回は「カリエラ型」というのを紹介する。

 

この社会では、集団全員が、同じ人数のグループに分かれている。仮にそれをA1、A2、B1、B2としよう。

 

 父親がA1で母親がB2だとすれば、あなた(男)はその時点で勝手に「B1」に所属し、しかもB1の男性はみなA2の女性としか結婚できない。

B1のあなたとA2の女性の間の子どもは、あなたが男性ならA1になり、女性ならB2になる。

 

これは第2回で言った「妻と姉妹」という、二種類の女性を効率よく分けるための仕組みであり、当然『近親相姦を防ぎ、女性を交換することで他の村とコミュニケーションをとる』という目的がある。

 

「未開人は野蛮だから意味のわからん風習を」と切り捨てるのは簡単であるが、レヴィ=ストロースは何か隠れた秩序を見つけようと、四苦八苦した。

 

抽象代数の「群」

簡単にいえば「ある記号とある記号の関係性を調べる」というのが抽象代数学。例えば「aという記号とbという記号を入れ替える」という操作をgとおいて、gをcに適用すると……みたいなことを考える。

名前の通り、西洋の数学が大成させた、抽象化の極みである。

 

この学問における「群」、とくに「クラインの四元群」と、カリエラ型婚姻システムがほとんど、いや全く一緒だったのである。

 

まず、a,b,c,dという記号を並べる。適当でよい。

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これに対し、「アルファ」と「ベータ」という二つの操作を適用する。

α:1番目と2番目、3番目と4番目を一斉に入れ替える。

β:1番目と3番目、2番目と4番目を一斉に入れ替える。

 

当然ながら、同じ操作を2回繰り返せば、元に戻るハズ。

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また、アルファとベータを1回ずつ行うのを「ガンマ(γ)」と定義すれば、αβ=βα=γとなる。

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どちらを先にやっても、最終的に同じになる。

 

このa,b,c,dにはあらゆるものが入ることができる。数字もアルファベットも、文字も入る。演算に使うものが記号化され、抽象化されているから、そういうことをしてもよい。

 

婚姻システムとクラインの四元群

 

さて、前提は整った。

ここで、アルファを「父親のクラス⇔子ども(男)のクラス」、ベータを「母親のクラス⇔子どものクラス」と定義してみよう。

 

いろいろと省くが、このとき「結婚」がαβ、つまりγという演算になる。クラインの四元群に、婚姻システムの関係性を代入しても、ちゃんと演算が成り立つのである。

これをもって「数学を知らないはずの『未開人』が、西洋の数学に先回りした」ことの実例としたい。

 

神話とマルクス主義

同じように、彼は「神話」と、マルクスによる「資本論」、その共通点を見出し、「人類なんてみんなやってること一緒だかんな!入れ替わり立ち替わりやってるだけだかんな!」とも(少々強引ではあるが)証明して見せた。

 

マルクスによれば、「人類というのは、どうしようもなく悲惨な、未開な状態から、だんだんと発展していって、資本主義を手に入れる。で、それが爛熟して煮詰まった後に、共産主義になるもんだ。それは西洋の歴史が証明する、必然的なものだ」という。

しかし、そんな共産主義のバイブルである「資本論」が、レヴィ=ストロースによって、文脈もクソもないような状態に細切れにされ、彼らが軽蔑してやまなかった、未開人とやらの「神話」との共通点を見つけ出されてしまったのだから、あら大変。

 

レヴィ=ストロースは「西洋の歴史なんて、そんなの西洋人が自分勝手に作り出したマボロシなんだ」ということを、証明したのである。

 

これも「未開人が西洋人の思考を先取りしていた」例である。

 

共産主義の衰退、そして構造主義の勃興

結局、構造主義というものにとってかわられた共産主義は、日本でも1970年代ぐらいには衰退しきって、今は「左翼」というものに、その原形さえもとどめないまま、なんとなく受け継がれている(?)。世界的に見てもその風潮はあるようで、構造主義が認められ始めたのがだいたい同じぐらい。

 

では結局、第一回から引っ張ってきた「構造主義」とは何なのか。

それをお話ししたい。

 

「共通する骨組み」

簡単にいえば、自分のよく知っている「あるもの」と、自分があまり知らない「別のもの」の二つをよーく見比べて、そこに共通点を見出す考え方、それが構造主義である。

それが例えば、抽象代数学の「群」と未開人の「婚姻システム」であり、共産主義の「歴史的必然性とやら」と未開人の「神話」である。

これらの考え方をする人達を構造主義者と呼ぶ。

 

難しいので、ジャンケンで例えよう。

日本のジャンケンは「石・はさみ・紙」であり、三すくみ構造になっている。

これが中国だと「カエル・ヘビ・ナメクジ」であり、やはり三すくみ。

亜種には「キツネ・庄屋・漁師」なんかもある。やはり三すくみ。

 

これらに共通するのは全部「自分は何かに強く、別の何かには弱い」という「構造」である。だから「石は紙を包むから石が強い」とか、「キツネは庄屋を騙すからキツネが強い」というような説明は、実はあまり意味がない。

 

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いわば、共通する「骨組み」、上の図のようなものを探し出していく考え方こそ、構造主義となる。

だから構造主義は「キツネが庄屋をだますだって?はっ、ばからしい!」という、自分の文化の優位性にのっとったような勘違いをしにくくて済む。

人類みな同じである、ということがわかっていればこそのものだ。

 

 

 

以上が、近親相姦と構造主義のお話です。

 

リンク

 

 

 書くときに参考にした本です。最初から「親族の基本構造」を読んでも絶対に挫折するので、上のような解説本を持っておくと、かなり心強いです。

私が3回の講義で解説しきれなかったところも、ちゃんと載っています。