ちしきよく。

雑多系ブログ。みなさんの「何かを知りたい!」という欲を叶えましょう。

陰キャ・陽キャは外見の違いで区別するものじゃない



あとで読む

 唐突ではあるが、私は陰キャである。

 

f:id:zetakun:20180225083448p:plain

(画像はイメージです)

 

 

陰キャというのは陰キャラの略で、属性が「陰」のほうに向いている、オタッキーな人達のことをさす……らしい。

一方対義語は陽キャで、属性が「陽」に向いているリア充たちのことをさす。「パリピ」(パーティーピーポー)ともいう。

 

というふうに説明してしまうときっと皆さんは

「ゲームしてアニメ見て、暗い部屋で一日を過ごすオタク陰キャ」

「買い物したりバーベキューしたり水泳したりするイケメン陽キャ」

を想像するに違いない。

それ自体がお前の被害妄想だろう!!と激怒なさるメロス諸君は、一刻も早く目の前の板もしくは箱にて、「陰キャ 画像」「陽キャ イケメン」とかで検索してみよう。

皆さんの想像通りの画像が出てくるはずである。

 

さてそれでは、先ほど私が言った「私は陰キャである」に照らし合わせてみれば、私は休日アニメを見て、ゲームをして過ごしているのか……といえば、そんなことはない。

「陰キャだからつらい」と友人にいうと必ず「いや別、お前陰キャじゃないやろ」とかえってくる*1が、自信をもって言いたい。私は陰キャラです。

 

それは、世間一般における陰キャ陽キャの定義と、私の考えるそれが多少、いやかなり食い違っているためで、今回はその話をしたいと思う。

 

どっちが良いかという話ではない

まず、世間一般でいうところの陰キャ陽キャ論争は、だいたいが「陽キャって髪染めててチャラくて頭空っぽそう」とか「陰キャってイケてないしキモいよね」という感情論に徹しがちである(それを人は「ウンコ投げつけ合ってる」と呼ぶ)が、そもそも陰キャ陽キャは、どっちが良いという話でもないだろう。

 

陽キャはイケてて、陰キャはイケていない、というのが定説だと思うが、そもそものことばの意味としては「積極的なもの」「消極的なもの」ぐらいのものでしかない。陰・陽の字義的には。

 

activeかpassiveかでイケイケ度が異なるなら、テレビを見ている人は陰キャで、Twitterをやっている人は陽キャなのだろうか?そうではないだろう。

そもそも「イケているかどうか」で判断するから、不毛なマウント合戦になるのである。ここはあくまで両者がもつ属性のみについて、着目してみようではないか。

 

なぜ陰キャなのか?なぜ陽キャなのか?

「休日の過ごし方」という部分から両者の違いについて考察する。

陰キャ定説の「休日はアニメ見てゲームしてそう」、陽キャ定説の「休日は買い物行ってバーベキューしてそう」というのを前提におくならば、それは包含関係によって、こう言い換えられる。

 

  • 陰キャは家で過ごすのが好き。
  • 陽キャは外に出るのが好き。

 

引きこもりがちな陽キャとか、外出しまくりの陰キャというのをあまり想像できないところからしても、この言い換えは割と適切と考えられる。

ではなぜ彼らはそのような行動をとるのか。

ここに私流の「陰キャ陽キャ定義」のポイントが隠れている。

 

なぜ家で休むのか?それは家で休んだほうが、体力が回復するから。

なぜ外出するのか?それは外出したほうが、体力が回復するから。

 

つまり、両者の違いというのは本来「体力の回復のさせ方」以外にないはずなのである。あなたが外出が好きで、誰かとしゃべっていると体力が回復するなら、周りがどう言おうとあなたは陽キャラである。

一方、他人と話すと疲れる、外出すると体力が減る、というような人は、どれだけ顔が良くてもイケていても、陰キャラである。

 

陰キャが陰キャでいる理由は「家に体力回復ポイントがあるから」で、陽キャだとそれが外出先になる。

回復ポイントの違いによって「どっちが良い・悪い」と論じるのは、ターン制のドラクエとアクション系のモンハンを比較するようなもので、まこと不毛である。

要するに、陽キャは良くて陰キャが悪いという問題ではない。

結局個人の生き方の話なのだ。

 

陰キャ陽キャ判別法が趣味になる理由

家か外かでしかない、しかも自身にしかわからないはずの「陰キャ・陽キャ」の判別法が、一般的になぜその人の趣味になってしまうのか。言い換えれば、なぜアニメが趣味だと陰キャだと思われてしまうのか、なぜバーベキューが好きだと陽キャだと思われてしまうのか。

 

それは趣味が「家でやるものか外でやるものか」にある。

別に外出先で(たとえば満喫で)漫画を読んでも良いし、家でカラオケをやってもよいのである。それでもふつうクライミングは外でやるものだし、ゲームは家でやるものだ。

この「普通」というのがやっかいで、その人の趣味は必ずしもその人の外向性・内向性を代表しない。つまり「アニメが好きだからといって、内向的である」というわけではないのだ。

逆に「内向的だから(家でも消費できる)アニメを好きになる」可能性はある。

ここらへんが非常に難しいところで、論理をたどればわかるのだが、脳は意外にアホなので、勘違いしがちである。因果を逆にとってしまうのだ。

 

自身にも起こり得る勘違い

本来の陰キャ・陽キャの定義と、現在用いられている一般的な定義が乖離している(と思われる)ことは、結構深刻な問題を我々にもたらす。

「自分を陽キャだと勘違いし、生来の陽キャたちの中に溶け込もうと努力するも失敗」というパターンだったり「外見がイケてないから自分は陰キャと思い込んでアニメを見るが全然楽しくない」というのがそれである。

前者はすでにキョロ充という名前があり、後者よりも被害者が多い気がする。特に大学デビューで頑張り過ぎて、燃え尽きてしまう例が顕著である。

畢竟両者の差は「イケてるか」とか「外見が良いか」とかではなく、その人の内面性しかない。自分が陰キャか陽キャかなんて自分にしかわからないはずなのに、他人の意見を何度も耳にすることで、やがて勘違い暴走し始める。

 

そしてもう一つの勘違いは、「自分は陽キャだから〇〇という趣味が楽しいだろう」とか「陰キャだしアニメ見るしかないな」と思い込むことである。

アニメを趣味といえるほど見ていないのは、私が陰キャであるがアニメをそれほど好きじゃないからで、むしろ読書している時のほうが楽しい。

人ごみの中では体力ゲージが紫色に点滅してだんだん減っていく仕様なので、私が陰キャなのは間違いない。しかしアニメという趣味は、なぜか私には合わなかった。

 

結局、自分に合う趣味を、長い時間をかけて見つけるべきなのだ。

 

外向性内向性は人生で何度も変わるのでは

人の意見を真に受けていたら絶対に気付かないことと思うが、その人の性格は、きっと人生で何度も変わるだろう。ある時は陰キャだけど別の時は陽キャ……みたいなことは、十分に考えられる。そのきっかけになるのもまた趣味だったり。釣りにはまってから外向的になったとか、アニメを見始めて止まらなくなったら、家でゆっくりすることの良さに気付いたとか。

そういうのがあるから、陰キャラ陽キャラという区分、デジタル化した現代に最適化された「二項対立」にはあまり惑わされないで、自分に合う趣味を、時間をかけて存分に見つけてほしいことと願う。

*1:それ自体が社交辞令の可能性もあるが