ちしきよく。

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図書館で、道端で、変な宗教に誘われた話



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いやーな宗教を断ろう!

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追記(2016年12月15日):フェイクのために「彼女」を「彼」にしてからやっぱ彼女に書き換えたため文章中にその名残の「彼」が残ってました。これを書き換え。

 

ぜーたです。私、中学、高校のときに何回か宗教っぽいところに誘われたことがあります。大学に入ったときも確か一回誘われました。私はそんなに気が強いほうではないので(これは嘘)、皆さんが宗教に誘われたときのために、私が断り方を書いておきます。

これは私が一人暮らしを始めてから実感したことなのですが、

知らなかった

じゃすまされないことばっかりなんですよ。世の中ってのは。

あることを知っているか知らないかで、大きく人生が変わると思います。

だって、私もあの時断れてなかったら、きっと大変なことになっていただろうから。

 

 

とりあえず、私が勧誘されたときの状況を書いていきます。

 

図書館で宗教勧誘

友人と市立図書館にいったときのこと。

理系だけど結構宗教学とか神話とかにも興味があったため、そこらへんの棚を探してました。すると、だいぶ自然な感じでおばちゃんが近づいてきたんですね。おばちゃんってかおばあちゃんか。

「おっ、何の本探してるの」

それがこのクソババアとの最初の会話でした。当時無知だった私は、

変わった人もいるもんだなぁ

ぐらいにしか思っておらず、素直に

宗教とか興味があるんで、そこらへんの本探してます」

と答えてしまったんですね。これ、今思えばアホじゃないかと。

宗教のおっちゃんに宗教の話。餅は餅屋。釈迦に説法。河童の川流れ。

彼女の眼はいまや、幾重にもコールタールを塗られた金属板のように怪しく輝いていました!

「へぇー。じゃあ、あなたは、幸せについてどう思う?

そういって顔を近づけるババア。

歯茎には歯垢が、そして歯にはコーヒー由来と思われるステイン。何本か抜けてました。

臭い。

息が臭い。

息が臭いから近寄るな。

ここでようやく、自分がした言動のまずさを実感したのでした。

目の前にいる齢70のおばあちゃんにじーっと見つめられ、私の心臓は蛇に睨まれたネズミのそれのようになっていました。もう後悔しても遅い。

しかし!

そこにモーゼが現れ、もはや彼女の奴隷と化した私を救ってくれたのです。

彼……私の友人でした。

彼は私を導き、約束の地―このババアからの卒業―を目指しました。

「あの、何か用ですか」

「あなたはこの子の知り合い?」

確かそのようなことを言っていました。さすがは何人もの人々を無残にも喰ってきた(推測)海千山千の大人ともあり、動じません。

「はい」

「これを読んでほしいんだけど」

だめだ!読むな!石にされる!

しかし彼は、その禁断の知識の書に手を触れてしまったのです。

彼女が手渡してきたのは新聞でした。

 

「津波に流されなかった神棚」

確かそんなことが見出しに書いてあった。内容はごく普通の新聞。

そこに聖教っぽさが混じっていること以外は、何ら変わったところのない新聞でした。

〇〇さん(74)は信心の深さから、この家にある神棚(じゃなかったけど、名前覚えてないんでそういうことにしときます)を津波で流さずに済んだ。

で、この後その〇〇さんがインタビューに答えてた。

他にも、

信じたことがきっかけで救われました!

という旨のことが、エピソードとともに書いてあった。

 

「すごいでしょ?君たちも、〇月〇日に行われる集会(とは言ってなかった。なんかそれっぽいこと)に来るといいよ」

私に救いの手を差し伸べた未熟なモーゼも、ようやく悟ったようでした。

これが、宗教の勧誘だということに。

私たちはもう、断る気力もありませんでした。石にされてしまったのです。

 

「そういえば、携帯持ってる?」

呆然としながら、私はうなずいてしまいました。

「番号教えて。場所をあとから伝えるから」

しかし、石にされたのは体のみ。私はなんとか貧弱な頭で解決策をひねり出そうとした。頭は石化されていなかったのです。

窮鼠蛇を噛む、最後の反撃でした。

「いや、でででも、最近ってほら……個人情報?とか、あるじゃないですか」

 

それだ!という顔をする友人。私は何とか自分の頭の中から浅い知恵を引っ張り出し、アリアドネの糸をたどってこの人のつくった迷宮から脱出しようとしていました。

 しかし彼女は私たちより一枚上手でした。というより、

私たちがアホなだけでした。

彼女はこう言ったのです。

「じゃあ、私の電話番号を伝えておきますから、君たちのも教えて」

私たちはもうどうしたらよいかわからない。これ拒否していいのか?

いや、いいだろ。

さすがに。

なんて、ごく当たり前のことを考えてました。

 

でも私たちは最後の最後で負けていなかった。意地でもこいつに一泡吹かせてやる。

手渡された電話番号と引き換えに渡した紙。

自分たちの電話番号を書いた紙。

私たちにとっては絶望の、おばさんにとっては希望の紙。

そこにはこう書いてあった。

090-1234-5678

(と、友人の番号)

私はとっさに嘘をつきました。こんな番号あるはずがない。

ところが、私がちょっと折り曲げて渡したせいで、一歩知恵の足りない蛇はそれを確認せずに受け取ってしまったんです。

勝った。と思いました。

こうしておばあさんと喧嘩をすることもなく、私たちは石化から解かれたのです。すぐに図書館を立ち去り、近くのコンビニのごみ箱に紙を捨てました。

本当は、掲示板にでも貼りたかったけど。

 

で、後日談として、友人にそのときの話をしたところ、

「え?嘘ついたん!?オレ、正直に書いてしまったわ!

 

おわり。

これはさすがに私たちがアホすぎました。しかし、一つ学んだことがあります。

「最初から拒絶してれば、向こうは何もできなかった」ということ。

つまりですね。

「幸せについてどう思いますか」

と聞かれたところで悟って、

「あ!ちょっと急用を思い出した!」って言って、そのまま立ち去ればよかったんです。くれぐれも宗教観について語っちゃだめですよ。

それがあいつらの狙いなんですから。とりあえず一言も口をきかない!

急用だ!

だけでもいいです。とりあえず立ち去ってください。

 

で、この2年後くらいに私は高校の近くで宗教勧誘を受けることになります。

バスを待っていたところ、優しいおばあちゃんが近づいてきて。

「どこか痛いところはありませんか?」

と。

すかさず脳内にあの記憶がフラッシュバックしてきます。未熟だった頃の私たち。

苦い思い出。メデゥーサおばあちゃん。

宗教。勧誘。

私は半ば拒絶的に

「ありません!」と答えました。しかし、そこで終わり。なぜならここはバス停。

私はバスを待っている……

つまり、急用を思い出して、その場から立ち去ることなんて

できなかった!

(まあ、バス停からいったん離れるという技もありましたが、アホなので思いつきませんでした)

おばあちゃんは負けじと

「あなたの肩のところから、何か悪い気がでてるのよ」

私は思わず

「あんたも頭から電波出てるよ」

と言いたかったのをこらえ、

「そうですか、じゃあお願いします」

と答えてしまった。どうして本音が言えないのか。

アホが一人、つかまりました。

彼女は手を私の肩の上で浮かせ、力を入れてます。でも、

そもそも治るはずがない。

だってもともと痛くないんだもの。

そして一連の動作が終わり、私に

「治りましたか」

と聞いてくるから、

「治りません!」

と少し強めに答えてみました。するとまあ、(書くのがめんどくさくなったので省略しますが)パンフレットみたいなの渡されて、終わり。

彼女は他の人にも声をかけていましたが、全員に「ありません」と言われてました。

 

こういう時はどうすればよいかというと、すべて「いいえ!」

と強く言うんです。私のような心優しい人はたぶん

「今ここで断ると、この人に悪いなあ」とか、

「いい人だから、話だけでも聞いてやるか」なんて思うのです。

それが間違いだ。

そもそも、勧誘しに来る人がいい人なのは当然。

いい人だから、宗教の犠牲になったのです。

だから心を鬼にして、

いいえ。興味ありません。

ときっぱり言わなくてはならない。ここであいまいにしちゃうと

もしかするともっと押せば入ってくれるかも?

と期待させるだけですから。

いいですね。

きっぱり断る

ことが大事なんですよ。

 

 

ちなみに。

別の友人が同じ誘いを受けたらしいんですが、彼、

「股間が痛いんですけど」

と世界の淑女たちには言い憚って当然のことを口にしたらしいですね。そしたら撃退できたとか。

さすがに男の人の股間に手を当てるなんてできなかったんでしょうね。

そんな恥じらいがあるなら、

勧誘なんてするなよ。

と思いましたが。「なるほど……」と言って帰っていったらしいです。

何がなるほどだよ。

 

 

これで思い出話は終わりです。みなさんも宗教勧誘には気を付けよう!