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ちしきよく。

雑多系ブログ。みなさんの「何かを知りたい!」という欲を叶えましょう。

さすがに大学の授業中にゲームはいかんでしょ



あとで読む

高い高い授業料払ってんのさ。なんでゲームなんてできるんだろう?単位落とせ(笑)

というのは、私の友人がこの前口にした迷言だ。

 

昼飯の後で眠いのはわかっている。私も恥ずかしながらシャーペンを握ったまま、意識だけが深い森の奥の奥を駆け抜けていた。船をひと漕ぎ、ふた漕ぎ。頭の重心は安定せず、首の座らぬ赤子のようにこっくんこっくん。

が、さすがに、授業中なのにゲーム機をいじるほど心臓に毛が生えてはいない。

 

こいつらめ。

 

彼らはこのガチガチ数学系の授業にて、黒板の呪文みたいな数式を写すのにも5分で飽きたと見える。最近発売されたばかりの「モンスターハンターダブルクロス」とやらをやっていた。机の下で。

 

別に文系の生徒をディスってるつもりはないが流れ上犠牲にさせてくれ。

文系の人は「授業のコマ数が少ない」という理由で勝手に「メッチャスマホいじってそう」「化粧とかしてそう」みたいに思われてるのがウチの大学であることはお伝えしておきたい。

……が、残念。ここは理系の学部なのだよ。

理系なのだ。理系。しかも授業は数学。

 

どーやったらゲームする余裕があるんですか!

 

と叫びたかったのだが、授業が終わってから友人がふと口にしたのが上の迷言だ。

まっこと同感。

 

観察&検証

というわけで、秘密裡に観察してまいりました。

一番後ろの席に座り、そこからみんなを眺め、一体何人の生徒がスマホにゲームにツイッターに睡眠学習に明け暮れているのか……と観察するという、何が悲しくてこんな不毛なことやってるのか案件だ。

 

クラスがだいたい50人、60人前後。

それぞれを10秒間観察し、10秒以内に行為をやめたものはカウントしない。

また、重複カウントをしている。スマホもパソコンも見ていた人は、別々のところにカウントしている。

 

睡眠学習をしていたのは6人(意外と少ない)、

スマホをいじっていたのは7人、

パソコンを開いていたのは8人(これは、予め配布されていた「今日の授業」のパワーポイントのスライドを見ていただけかもしれないが、2人はツイッターの画面を開いていた)

教室の後ろのほうで3DSを開いていたのは4人(ボタン操作の音が聞こえる)。

学生たちを観察してカウントしていたのは1人(私です)。

 

以上の学生がいわば「授業以外のこと」をやっていた。

 

だがこれはうちのクラスの話であり、かろうじて女子が数人いるので、見栄か何か知らない謎の力がクラスの風紀を押しとどめている。

女子が一人もいないクラスだと「学級崩壊」とまではいかないが、それに近いことが起こっているようで、後ろの席の人はだいたい、机の下でモンスターハンターダブルクロスとやらをプレイしているらしい。

 

後ろの席に座ってたら「ボタン操作の音がうるさくて授業に集中できない」レベルのうるささだと聞いた。けっこうひどいのだろう。

 

一応付け加えておくと、うちの学校は決してレベルの低いところではないはずだ。むしろ世間的には「ほーん、まあまあ学歴あるんじゃね」と呼ばれる類の大学である。さすがに2chではけっこうdisられてるが……。

 そんな大学の学生たちが授業中にゲームをやっている、これはいかがなものかと思い記事にした次第である。

 

 授業料云々の議論は正当か

まずよくよく考えてみると、冒頭で紹介した友人のことばには確かに同感なのだが、これは論理的に正しいのだろうか。

前提として、何か大事なものを忘れている気がする。

 

自分たちが彼らを批判できるためには、「彼らと同じ立場にない」ことがまず必要だ。

 

(例外もあるが)太った人が同じく太った人を手放しでバカにはできないのと同じように、私たちが授業中にゲームに興じてないという前提が要るのである。

もちろん興じてなどいない。

 

しかし、そうだとすると彼らを批判してよい、ということになるのだろうか。批判するための必要十分条件が、ゲームをしないことだろうか。

 

つまり、外から見て『時たま(1か月に1回)授業中に船を漕ぐ私が彼らを批判する権利があるか』を考えると、そういうことでもないと思うのだ。少なくとも寝ることによって授業は聞けないのだし、授業料云々の言いぐさに同感する権利は、ないのではないか?

 

…………うーん。でも授業中に一度も寝たことない人だけが石投げられるって、そんなの厳しすぎるよなぁ。

 

ダメみたいですね、これは。

 

迷惑尺度の導入

そこで、新しい尺度を導入してみることにする。ずばり「迷惑尺度」だ。

公式はこちら。

 

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クッソ手抜きだけど読んでほしい。

迷惑尺度とは、みんながその行為をどれだけ迷惑に思っているか!!の指標だ。

 

単純に掛け算なのだが、五感への刺激の強さとは「触覚、視覚、聴覚、味覚、嗅覚」への刺激の強さのことだ。

まあ早い話、うるさいと迷惑だし、臭いと迷惑だし、目障りだと迷惑だし、まずい……?と迷惑だし……という話。

そこに人数をかけることで、多くの人が迷惑だと思ってれば迷惑尺度(単位:メーワク)も大きくなる。

 

だがそれだけでは駄目だ。喫煙所でタバコを吸うことは「嗅覚」に強い刺激を及ぼすし、その匂いは周りの人間にも喫煙所にも移るから、「迷惑だ」……という誤った結論を防ぐために、「考慮係数」がある。

これはいわばTPOによって変化しうる数値のことで、「子供の目の前で吸っていたら1.2」とか「喫煙所で吸えば0」のようになる。

 

逆に、喫煙所に相応しくない行動……例えば用を足すだとか……をすれば、考慮係数はダダ上がりだろう。

 

迷惑行為の迷惑さを測る尺度としては割とよくできているという自信があるが、どうだろうか。

 

迷惑尺度からわかること

……この尺度によって言いたかったのは、「どんな迷惑行為も客観化できる!」ということではない。(そもそも感性は主観だから迷惑係数の導入でも客観化はできないし)

 

どんな行為も、「迷惑な時と迷惑でない時があって、迷惑な時にやれば嫌われるのは当然だ」という、ごく当たり前の推論なのである。

そして迷惑さを司るのは五感への刺激の大きさだけではない。それを感じ取る人数の多さだけでもない。それらの迷惑度もTPOによって変わってしまう、ということが言いたかった。

 

これを授業の話に持ち込むと次のようになる。

授業中に寝ることも、ゲームをすることも、両方「授業料を無駄にしている」という面で見れば等しく、片方が片方を糾弾することは不可能に思われる。

が、周りにかける迷惑度合いでいえば、間違いなく変わってくるであろう。

 

寝ることによって(いびきをかくとかヨダレをたらすでもなければ)授業を受ける他の誰かに迷惑をかけることはないが、ゲームは違う。ボタン操作の音は静かな教室に響き渡るし、横でガチャガチャやってたらけっこう目ざわりだ。

 

「いや、寝るのもゲームも迷惑度は同じだ!」という人がいれば、考慮係数を考えてみるといい。寝ることとゲームとで「五感への刺激の大きさ」「人数」が同じだと仮定して、授業という場をそのまま卒業式や入学式などに変えてみる。

 

そうすると、たぶん99人ぐらいの人が「いやお前ら式場でゲームすんなや」と思うのではないだろうか。それは自分たちの中の考慮係数において、以下のようなTPOでの判断が行われたからだと思う。

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赤丸で囲んだところ。式場でゲームすることには、恐らくかなりの抵抗があると思われる。葬式、結婚式、入社式、会社の面接……などなどなら、もっと大きいだろう。

そういう事例から考えていけば、「確かに授業中に寝るより、ゲームするほうが迷惑かも?」と実感できると思う。いわば、

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この部分、何も差がなかったのが、

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このように見えてきても、おかしくはないはずだ。

 

……というアイデアを授業中にメモる、というブーメラン

実はこの迷惑係数という発想は、授業中に生まれたものだった。

そして私は、忘れないようにパソコンを開き、「新しい記事を書く」ボタンを押して、最初の1千文字ぐらいを執筆したのだが、間違いなくその音はゲームの操作音よりうるさかった。

 

何が言いたいか。

 

ブーメランだっ!!

「ブーメラン」の画像検索結果

 

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(たぶんこう映ってるはず)

そう、私は人のことを棚に上げて「お前の行為はうるさくて迷惑だからやめろ」と言える権利なんてないのだ。

だから今度からはもう、授業中にブログを書いたり、コメントに返信したり、ブックマークをしたり、秀逸なブコメにグリーンスターをつけたりしません。

 

ちゃんと授業に集中しますから、許してください。

……単位落とさないように頑張ります。