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ちしきよく。

雑多系ブログ。みなさんの「何かを知りたい!」という欲を叶えましょう。

「根性がない人が仕事を辞める」って風潮誰が広めてるんだろう



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(2017年3月22日10時00分)追記:ご指摘がありましたので、一部画像を差し替えています。ご指摘いただいた皆様、ありがとうございました。

 

f:id:zetakun:20170322095838p:plain

先日、私が働いていた塾の教室長が辞めた。数か月前に倒れたことがきっかけだった。

代わりに他の校舎から来た先生に話を伺うと、「〇〇先生は体調を崩されて、入院しています」という返事が返ってきた。

 

 

私たちバイト講師の待遇は(一般に言われる評判にしてみれば、)非常にホワイトで満足なのだが、その皺寄せは確実に教室長のところにきている。教室の装飾、講習会のお知らせ、電話応対、生徒勧誘、会議、バイト生のシフト組み、などなど。授業も含めたほぼ全ての仕事を、1人だけでやる。

教室長補佐みたいな人もいない。

売り上げや勧誘数にはノルマがあり、達成できなかった場合は厳しく叱責される。

 

物理的に激務なのは言うまでもないが、親御さんからのクレーム応対(かなりキツいこと言われてた)なども見ていたので、精神的にもかなりすり減るだろうなと思っていた。でもバイト講師にすぎない私に何ができるわけでもなく、「何かお手伝いすることはありませんか」と尋ねたはいいが「いえいえ、ここに来て教えてくださるだけでもう十分ですよ」と言われてしまった。

あまり安易なことを口にしないほうが良かったのでは、とも思うが、そう言いたくなるほどに教室長の目は疲れ切っていた。

 

午前中は授業がないから休み!ということでもない。本部や地区との会議を午前中に行うからだ。さらに日曜や祝日も受験生のために教室を開けなければならない。

授業後清掃をやって、帰宅できるのはようやく23時。

いつ休むんですか、教室長!

 

 

学校の授業で疲れながらもバイトに来るからと、私たちを労うためにお茶やお菓子を差し入れてくださったり、出身地が同じなんですね!と他愛もない話で盛り上がったりしたあの教室長は、もういない。

教室長は大学を出たばかりの新卒だった。

せめて補佐ぐらいつけてもよかったのではないか。 いきなり教室長の座なんて、少し荷が重すぎるのではないか。

※ちなみに、前任の教室長も新卒、1人で仕事をこなし、倒れてわずか1年で辞めてしまった。

 

それが仕事なのだと切り捨てられればそれまでだが、最初からあまりに重い責任を与え、社会に出たばかりの新卒さえも使い潰す現実に対し、私はかけることばも見つからない。

 

人を使い捨てる業界

将来は塾講師をやってみようかなとも思っていたが、この件以来そんな気はすっかり失せた。

「塾業界にはもう未来がないからやめたほうがいい」と、少し悲しそうに笑う(私が通っていた)塾の先生の顔が思い浮かばれる。生徒のためにどれだけ尽くしても、残業代は一切出ないらしい。休日の勉強会、年末の講習も、生徒の送迎も全部「ボランティア」だった。

 

少子化という現実に反し、塾講師にのしかかる責務はあまりにも大きい。表向き生徒や親の前では「賑やかな塾」を装ってはいるが、通塾率が増加しないことによる営業不振はごまかしきれず、人手は足りなくなる。そのくせノルマだけが増えて、残った人が押し付けられる。そうして病んでいく。

お世話になった塾の先生はボランティアで生徒の送迎やティッシュ・チラシ配りをさせられていた。『安さ』がウリの塾だったから、そういうところに金は使いたくないらしい。結局お腹に潰瘍ができながらも、仕事に行き続けたという。

 

不思議なのは、こんなにきつい仕事を無報酬で(サービス残業で)やったところで、それを「生徒のためだろう!」と表現すれば、全部が正当化できてしまうような気になることだ。

子どもに教える仕事をする会社として、到底許されるべき行いではない。

 

現在、日本でまことしやかに言われる「塾業界=ブラック」なんてのも、これだけの話だ。

huwahuwasan.hatenablog.com

塾講師の方のブログ。バイトの待遇はこんなに悪くはないが、やはり「人手不足」だとおっしゃっている。

 

が、この問題の本当の闇の深さを実感したのは、この話をとある友人(社会人)にしたときだった。人材不足による単なるぶっ倒れだけじゃあ、なかった。

 

根性が足りないから辞めるんだ!

彼はこう言っていた。

「その教室長は、根性が足りなかったんだね。社会に甘えてる」と。

私は教室長の目の下にできたクマと予定がビッシリのスケジュール帳を見ていたから、教室長が甘えていたとは思わなかった。よくこんな激務を半年も耐えたな、という印象だったから、彼の口から発せられたことばには驚いた。

 

彼はこう続けた。

「俺は今の仕事きついけど根性があるから辞めない

この後、どれだけ自分がドレイみたいな生活だったかを勝手に教えてくれた。 

やれ「この前は〇時間しか寝てない」だの、

やれ「残業続きで同僚が辞めた、あいつは弱い」だの。

そしてしまいには、「途中で仕事を放り投げた教室長は無責任だったね」と、教室長を叩きだしたのだ。

 

ネットで見るようなザ・根性論を未だに唱え続ける人がこんなに身近にいたなんて……と、私は開いた口も塞がらないまま。

 

根性論は都合がよい

思えば、根性論は上層部にしてみればとても都合がよい。(だから流行ったのだという話をしているのではない。根性論を社会が受け入れるかどうかは、また別問題だ。)

 

「根性」という魔法のことばは、本来ちゃんと管理されなければならないはず仕事量だとか、適材適所という観点から目を背けさせ、「仕事が終わらないのは・できないのはお前の根性がないからだ」と、個人を人格攻撃するのに役立つ。

例えばノルマの話でも、「お前に根性がないから数字が取れないんだ」と責められてしまえば、反論のしようがない。自分に根性があるかどうかなんて自分どころか他人にさえわからないのだから。

攻撃されるのが嫌な人は都合よくこき使われ、病んでしまう。

現在、根性とは多く『個人攻撃のためのバール』である。

 

問題はこれを、私の友人のような一部の社会人当たり前のように受け入れ、さらに他の誰かを叩いている、という現実。

 

あくまで一部だ。社会人全員が鎖自慢!!なんて極端なことを言っているのでは断じてない。また、根性を全否定しているわけでもない。どうしようもなくなったときに「根性で解決!!」みたいな手段を取らざるを得ない場面はある。

 

不幸自慢と他人への強要

鎖自慢ということばがある。

あまり使いたくはないが、ネットでは結構広まっている。

本来ほめられるべきではない状況……非生産的な残業だとか、長引く会議だとか、休みの少なさを、労働者たち自身が誇らしげに言う(鎖の重さを自慢する)ことに由来する。誇らしげといっても表情がいきいきとしてるわけではなく、たいてい別の意味で輝いているというか、幾重も闇を塗ってギラギラしている感じ。眼が特に。

 

追記:ブコメでご指摘がありました。

id:habitasさん>あのワタミ社員の画像を使うのは良くない。あの人が激務で痩せ細ったという証拠は無く、元から全く太らない体質の人もいる。画像にインパクトがあるんだろうが、単なる本人の体質であればとても失礼な使い方

これは本当に正しいご指摘だと思います。不適切な使い方をしたこと、お詫び申し上げます。画像は削除しました。

ご指摘、ありがとうございました。

 

 

そしてこれを他人に強要しだせば、いよいよ状況が地獄絵図になる。自分がこんだけやってるんだからお前もやれ!みたいな風潮ができはじめたら、あとは全体として待つのは緩やかな死のみ。

これは協調なんかではない。押しつけだ。

泥舟と同じで、むしろ場を降りた人のほうが得するのだが、それに気づきもせず、辞めたほうを叩いて心を安心させる。私の友人はもうこの状態になっちゃってる気がする。

 

news.careerconnection.jp

 

辞める話とは違うが、「体調不良で休むとき、バイトは代わりを探すべきか?」という問題も根っこは同じだろう。

「代わりをさがすのは、雇う側です。1人休んで回らないのは、体調管理ができていないあなたが悪いのではなく、労務管理ができていない経営者が悪いのです。迷惑をかけているのではありません」

 というツイッターの投稿を、当事者であるバイト生たちが批判するという地獄絵図。

大手ファミレスチェーンでバイトをしている学生も、「雇う側がどうのとか言うても、それを受け入れて働いてるねんから自己責任です」とツイートしていた。批判を投稿するアカウントを見てみると、当事者である学生アルバイトやフリーターと見られるユーザーが多い。

言うまでもなく、都合の良い「自己責任」という言葉で法律や道理を捻じ曲げるのは、たとえ当事者と言えども許されるべきことではない。というかそれは上層部の言い分であって、本来困っているはずのバイトやフリーターが口にするのはおかしいはずだ。 

 

「自分がそうであるから、他の奴らもそうであるべき」という意味不明な理論を振りかざしているに違いない。それを集団のみんながすれば、全体として誰も幸福にならない、ある意味幸せな環境が出来上がる。上層部にとってはいいことずくめだ。何も言わなくたって動いてくれるんだもの。

 

どんなに根性があってもいつかは倒れる

責任とか根性というバールでもって人を攻撃するような(まさに私の友人だが)人は、きっと「自分だけは倒れないし、ずっと働いていられる」と思っているのかもしれないが、そんなの大きな間違いだ。

 

どんなに優秀な人間だって、休む間もなく働けばいつかは力尽きてしまう。例えばそう、体育大学出身でソフトボール一筋、バリバリ体育会系の教室長が倒れてしまったところを見るに、部活でいくら「根性」とやらを鍛えても、精神はすり減るし、体力は衰える。

一番怖いのは、それが「自分でも気づかないうちに」という部分だ。こき使われて辞めていく友人を嘲け笑っているうちに、自分も病んでしまうことがあるのだ。

 

 

閾値があまり高くない人を「根性なし」「無責任」と言って叩くことは、本来叩くべきである「会社の仕事の割り振りのヘタさ」には気付かせてくれないし、自分もこのままではいつか倒れて(病んで)しまうのではないか?と問いかける機会をもなくしてしまう。

 

いいことなんて一つもないのだから、もうやめましょうよ。友人。

 

追記など

もちろんものごとには限度がある。

仕事を成し遂げる前にだめになりそうなら辞めていいんじゃない?というのが私の考えだが、誰にも知らせずに突然会社に行かなくなるとか、自分の後任者にやってた仕事も教えずに辞めることは「無責任」と形容していいんじゃないかな。また、入って3日で辞めるとかはさすがに非常識だと思う。

結局そこらへんの線引きは個人個人にも一般常識にもなるわけだけど、ここではそんなに極端な話をしていないことはご理解いただきたい。

 

また、今回は問題を単純にするために根性論だけを取り上げたが、そもそも「中途退職者が参入しにくい現状」(新卒が評価されやすい現状)が根性論の原因とも考えられるし、「労働問題に関して弁護士に駆け込む風潮がない」とか、「団結してストライキしようぜ!!という風潮がない」とか、「労働法に関してあまり詳しくない人が多い」など、他にも問題がいろいろあって、正直根が深すぎる。

ここで書いたほどに世の中の構図が単純でないこともまた留意されたい。

 

 

そんな感じでした。何というか、教室長があまりに不憫だったので、こうやって書き散らしちゃったことをお許しください。大丈夫かなあ。