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なぜ近親相姦(インセスト)は禁忌(タブー)なのか【その2】



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めちゃめちゃ間隔があいた。多忙だから許してください。

 

なぜ近親相姦が、いろんなところでタブーになっているのか、という学問的な考察、いや、解説である。

 

前回のおさらいをしてみたい。半年ほど空いたので。

 

まず、先進国では一般に近親相姦はタブーであるが、これは未開の地でも同じだ。

だから我々は自分の狭い常識に則って、「近親相姦は遺伝的な本能に由来する嫌悪感からタブーなのだろう」と考えがちだが、これは人類学者レヴィ=ストロースに言わせてみれば間違い

なぜなら近親相姦の定義は各地によって全くバラバラであり、日本じゃ認められてるイトコ婚が、アメリカで認められてなかったり、未開の地では、「父方イトコは駄目なのに母方イトコなら喜んで結婚する」という奇妙な風習があるところもあるからだ。

 

西洋人、いや我々文明人はその理由を、「遺伝という知識がないから」「野蛮だから」と己にとって都合のよい解釈で片付けがちだが、それは違う。

遺伝的本能なら人間全体が普遍的に共有していなければならず、文化や土地でインセストの定義が変わるのはおかしい。

 

それを説明するために前回は「交換」という概念を持ち出した。未開の地の人々が使う貝殻も、我々の用いる貨幣も、それ自体には何の価値もないが、それらを交換することで価値が生まれる。

 

さて、レヴィ=ストロースは大胆にも、これを「男女の問題」と結びつけた。

 

女性の交換=価値である

はじめに、これは私の定義や教えでないことを断っておきたい。

あくまで構造主義という考え方を支持する、レヴィ=ストロースの説にすぎない。

*1

 

彼は「人々が貨幣を交換するように、貝殻を交換するように、女性を交換するのだ」と言った。

どういうことか。

 

交換として、繁殖という特殊能力……男性にはない能力をもった存在である女性を、隣村の人達と交換し合うのだ。

交換しあうことによって、「私たちはあなたの村に敵意はありませんよ」というのを示す証拠になろうというのだ。

非常に奇妙に思われるが、これが彼らの考え方をうまく説明できるのだからしょうがない。ここはいったん西洋の理性万能主義を抜け出し、彼らならではの合理性に浸ってみよう。

 

さて、貨幣も貝殻もそうであるが、それそのものに利用できる直接的な価値はないほうがいい。

(何度も言うが、これは私の見解ではないのでご注意を)

 

例えば貨幣がカステラであったら、みんなモグモグ食べちゃうから、交換する意味がなくなってしまう。交換される媒体そのものを、それを所有する人間が直接味わうことができれば、交換物としての価値がなくなってしまう。

 

そろそろ感づいたのではないか。つまり女性も同じことであり、女性そのものの価値を直接味わえると、交換というシステムが成り立たないのだ。

逆に言おう。交換関係が成り立つためには、「親族による女性の利用可能性」が否定される必要がある。

 

近親相姦が否定されることではじめて、女性を交換する意味が与えられるのである。つまり、近親相姦の禁止というのは遺伝的タブーでも本能でもなく、「社会を生きる上で必須なコミュ力」とでもいおうか。

 

「二種類の女性」は恣意的

レヴィ=ストロースは女性を二種類に分けた。姉妹と、妻。

つまり、よそに与えるしかない女性と、自分がもらうことができる女性

こうすることにより、「与えるしかない女性」の価値を直接獲得できないようにしているのだ。

だがよく考えてほしい。女性にそんな区別をするといっても、一目見て「これは妻だ」「こっちは姉妹」と見分けられるだろうか?

 

そんなのは土台無理な話。なぜなら外見的な特徴の差は何らないし、人によってその関係は変わり得る。

あなたの妹はあなたにとって「姉妹」だが、よその血のつながらない誰かにとっては、「妻」である。

よくよく考えれば不思議な話である。誰がどう見るかによってしか女性を区別できない。生物学的な役割に差はないはずなのに、こうやって区別されている。

……おそらくこれは、恣意的な問題なのだろう。

 

女性の区別が恣意的であれば、文化によってその区別が違うのも、納得のいく話だ。

近親相姦が否定され続けるのは、それが遺伝的な問題だからなどではない。

文化によって異なる「姉妹」「妻」の二項対立を成立させるためには、近親相姦がタブーでなければならない。ただその基準、判断基準が、文化で違うというだけである。

 

こう考えると、我々が未開だ野蛮だと蔑んでいた彼らにも、彼らなりの、非常に合理的な判断基準があることがわかるであろう。

 

 

では、どうして母方イトコがOKで、父方が駄目だったりするのだろう。

その理由も、全てこの「姉妹と妻の二項対立」「女性の交換」で片付くのである。

 

かなり難しくなるので、頑張ってついてきてほしい。

 

難問解決!

表記法として、例えば「自分の母親の兄弟の娘」のことを、Mother's Brother's Daughterとして、略して"MBD"としたり、「自分の父親の姉妹の娘」のことを、Father's Zister's Daughterとして、"FZD"と表したりするので覚えておいてほしい。

姉妹だけ"Sister"じゃなくて"Zister"なのは、息子を表す"Son"とアルファベットが被ってしまうからだ。

 

母方イトコにも二種類ある。お母さんの「兄弟」のイトコなのか、お母さんの「姉妹」のイトコなのかによって違う。このとき、お母さんの兄弟のイトコ……つまり、性別違いのきょうだいから生まれた人達の関係を「交叉イトコ」といい、お母さんの姉妹のイトコ……性別がおなじきょうだいから生まれた人達の関係を「平行イトコ」という。父方も同じく。

 

 

未開の地では特に「交叉イトコ」が大事で、母方平行イトコや父方イトコとは結婚できないのに、母方交叉イトコとなら喜んで結婚するところがある。

 

図で確かめてみよう。

 

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前には「母方イトコとなら喜んで結婚」と書いたが、正しくは「母方『交叉』イトコ」なので、以降気を付けられたい。

 

以下、自分が男性であるという仮定に則って書くが、あなたが女性ならこれらの話は全て(性別が)逆になる。*2

 

母方交叉イトコを例の省略法で書くと、「自分の母親の兄弟の娘」なので"MBD"となり、父方交叉イトコなら「自分の父親の姉妹の娘」だから"FZD"となる。

あなたがMBDとは結婚できるのに、FZDが駄目なのはなぜか、それが今回のテーマだった。

それは言い換えれば、MBDを"W"(Wife:妻)にできるのに、FZDはなぜ"Z"(Zister:姉妹)にしかならないのか、ということである。

 

 

以下、図を用いて説明する。男性が三角形、女性が丸である。

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黒いのがあなたで、男性とする。またこの社会は父系社会で、「男がその家の財産を継ぎ、女性は男のところに嫁入りに行く」と仮定しよう。

すなわち、嫁入りは、

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のようになる。大きな色とりどりの楕円は、その人が所属する家系を表しており、あなたなら左から4番目、オレンジ家系になる。藍色が二つあるが、これは左に行って、右から戻ってきたことを示す。(つまり、藍、緑、青、オレンジの4つの家で、女性を順繰りに交換している図である)

 

図から分かる通り、女性は自分の一つ右となりの家に嫁いでいる。実はこれが「母方交叉イトコ」の結婚であり、うまくいく例なのだ。

しかしこれから、あなたが突然、結婚する相手を変えたとして、考えてみよう。

 

さて、まず「結婚できない例」として、父方イトコ(父方交叉イトコと、父方平行イトコ)、そして母方平行イトコを考えよう。

父方交叉イトコでは、あなたはFZDと結婚するから、

 

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これを見て気づくことがないだろうか。そう、女性の嫁ぐ先が、逆になっているのだ。

今まで女性は、自分の一つ右隣りの家に嫁ぐと決めていたのに、あなたがワガママを言ってFZDと結婚すれば、嫁ぐ先が全て逆になってしまう。

これは彼らにしてみれば、「前の代で自分の家が差し出した女性を、(同一人物ではないが)差出先の家から取り戻すこと」に他ならない。つまり敵対を示すということで、禁止されているのだ。

*3

 

父親平行イトコではどうなるか。すぐにわかると思うが……。

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FBDと結婚するのは、オレンジの円の内部にいる女性と結婚することに他ならない。

つまり、他の家から女性をもらい、他の家に女性を渡す、という行為を、達成できていないのである。

以上より、父方社会では、父方イトコとの結婚は行われていないことがわかる。*4

それでは母方平行イトコはなぜダメなのか。練習として、自分で図を描いてみてほしい。FBDと同じく、オレンジ色内部の女性と結婚することと同義になり、結婚できない。

 

母方交叉イトコであれば、最初に描いた図のように、うまく女性が複数の集団でループするため、交換が成し遂げられる。

こんな立派な仕組みを無意識のうちに成り立たせているのだから、「野蛮人だ」と彼らを罵ることは、全く事実に即していないと言えるだろう。

 

以上のことから、男性優位社会では、母方交叉イトコとの結婚が望ましいということがわかった。*5

 

今回はここまでにする。次回、この考察が構造主義にどうつながるか解説していきたい。

*1:女性差別だ!と騒がれてもどうにもならないので勘弁願いたい

*2:つまりMがFに、ZがBに、DがSになる

*3:当然、これが母方社会なら、母方イトコとの結婚がタブーになる一方で、父方交叉イトコなら認められる

*4:当然母方社会ではこれが逆で、母方イトコとの結婚ができない。父方交叉イトコなら喜ばれる

*5:当然ながら、女性が優位の社会では、父方交叉イトコが喜ばれる