ちしきよく。

雑多系ブログ。みなさんの「何かを知りたい!」という欲を叶えましょう。

田舎の暮らしが気ままで楽なんて言わないで 人間関係が…



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田舎って知ってるかな。

田舎。

 

きっと都会生まれ都会育ち、生まれてこの方「カブトムシ」を実際に見たことがない人も日本にはいるんだろうなあ、そんな人に会ってみたいなあ、と勝手に感傷に浸っている今日このごろ。

ブログの更新が遅れたのは、とてつもない田舎の家に泊まってきたからなんだ。

 

 

「とてつもない田舎」

バスが来ないとか病院がないとかコンビニがないとかそういう次元じゃない。

 

山の山の上にあるから、

 

一番近くのスーパーまでは車で15分。

携帯の電波がこないから固定電話を使うしかない。

水道は山から直接引いた生水。(きれいで安全らしいが……)

「向こうの山あたりまでが自分の家」らしい。

 

などなど、未だに日本にそんなのが残ってるんだ……ぐらいの田舎さ。

きっと都会の人は、田舎と言えば「田んぼがあって、畑があって、コンビニがなくて……」って思ってるのかもしれないけど、田んぼも畑も言ってみれば人工物。

 

モノホンの田舎とは、手つかずの自然に囲まれてて、家への落葉がすごくて、家にゴキブリとかムカデ、ゲジゲジ、アシダカ軍曹、ヤスデ、大量の蛾なんかが入ってくるところを指すのだ!(笑)

 

あーもう見たくない。この2、3日だけでムカデ2匹、ゴキブリ3匹、軍曹4匹ぐらい見ちゃったよ、おい。

アースジェットが捗る捗る。

 

 

お互いさまの関係性

ただ、そういうところにもやはり人は住んでいて、互いに助け合って生きている。

地区(というかそこでは「部落」と呼びあう)の人たちでいろいろ回しているのだが、その関係性は言ってみれば「お互いさま」

 

お互いさまといえば確かに聞こえはいい。

でも、都会の人……というとアレか……田舎の陰湿さを知らない人は勘違いしているところがあると思う。

確かにお互いさまというのは、例えば「漬物や野菜をもらったり」「作り過ぎたおかずをおすそわけしてもらったり」「送り迎えしてもらったり」……などなど、いろいろなメリットを享受することができる。たぶん皆さんが想像しうる「田舎っぽい生活」であろう。

だがその一方で、それ相応のギブをしなければならないことも意味するのだ。

 

miraimemory.hatenablog.jp


 

この記事は趣旨が異なるが、

「面倒くさいことはしたくない」「自分の利益にならないことはしたくない」「自分の負担は最小限にしたい」と考える人がびっくりするくらい多い

 

 

という姿勢は、残念ながら田舎では通用しない。

まず自分がしてあげないと、

その見返りは期待できないだろう。

 

具体的に言えば、

 

  • 消防団に所属。若い人は喜んで使われるべき。
  • 野菜を育てる。定期的におすそ分けする。
  • 年長者の電話一本で送り迎えをしてあげる。喜んで。
  • 気を利かせて自分から電話してあげるとなおよい。
  • 飲み会。参加できない場合後から米なんかを持っていく。

 

などなど。

これを聞いただけで嫌になるというか、たぶんいろんな期待を田舎にしていた人たちは失望すると思う。

その親戚の人いわく、やはりめんどくさいこともある……らしい。

 

しかし、田舎に対する無条件・無根拠の憧れを抱いて、都会・街の方から移住してくる人間は後を絶たない。

 

仲間外れの思考回路

「自然に囲まれた生活を求めて何も考えずにやってきて、仲間外れにされて出ていく人の多いことよ」と言っていた。

 

その人……というか田舎に慣れている人の思考回路は、

「相手が何もしないのだから、こっちが何もしないのは当然だ」

ならまだマシで、

「相手が何もしないから、進んで仲間外れにしよう

という、陰湿極まりないものであることが多い。

 

これは当然というべきか、自然に囲まれた過酷な環境で、自分と同じ領域に属する人間が結束を強めるためのものだと思われる。

 

そのため、まず新入りに対しては洗礼が行われる。

 

「引っ越しおめでとう」と称してみんなで押しかけていって、野菜なんかを配ってあげるのである。

このとき、後日ちゃんとお返しにきた人に対しては、態度が軟化する……もとい、「同じ領域への取り込み作業」が行われる。具体的には、地区の行事への参加のお知らせだとか、消防団加入のお知らせなど。

 

お返ししにこない人に対しては、早速陰湿な仲間外しが始まる。

 

行事のことを知らせないのは当然、回覧板も回ってこないし、送り迎え、子どもの面倒見もしてあげない。とにかく孤独を味わうことになる。

都会の希薄な人間関係に疲れ、田舎に移住したはよいが、そのせいでますます孤独を感じることになる……というのは皮肉だが、意外とそういう人も多いらしい。

 

まあなんというか、いじめや人種差別と根っこは同じなのだ。

 

もっと悪いことに、これまでの行動はほぼ無自覚かつ悪気ないものであることが多い。

つまり、「仲間外れにしている」という意識はなく、「向こうが参加しないのだから向こうが悪いに決まっている」という、正義感によったものであると思われる。

ああ、大脳が壊れた哀れな人達だ、恐ろしい恐ろしい。

 

ギブアンドテイクを学べる……?

しかし、悪いことばかりでもないな、とは思う。

子育てシェアハウスという試みに私が期待しない理由 - 未来メモリー

社会はある程度のgive and takeで成り立つが、村社会の崩壊によってそれを認識しない人間も増えたのかも。おおかみこどもの雨と雪では比較的詳細に描かれていたっけ。割と手厳しいけど、最後の部分は本当に真理だと思う

2017/08/09 20:40

b.hatena.ne.jp

 

という、先の記事への私のブコメが、言いたいことを全て語っている。

田舎社会は村社会、「やってあげて、やってもらう」という関係性、「お互いさま」という関係性である。

 いわゆる人間的に「濃い」関係が生まれるのは半必然的であり、それを面倒と言ってしまうのは容易い。

 

しかしその一方で、人間と人間の強い関係を実感することができるのも確かだ。

なぜなら田舎は都会よりもインフラ的な意味で過酷であり、野菜を買いに行くのでも片道15分かかる環境であれば、隣人からのおすそ分けはずいぶんと助けになる。

……というのも、仲の良い相手であれば、野菜2箱分のおすそ分けなんてのも珍しくはないからだ。よそ者には厳しいが、身内にはかなりやさしく接してくれる。

 

それを陰湿だとくくるか、親切だとくくるかは人次第。

 

田舎特有の人付き合いがあまり苦でない人は、「とてもめんどくさい行事もある」ことを念頭に置いて移住すると、その親切さに感銘を受けるに違いない。彼らは本当によくしてくれるのだから。

 

 

よーするに、「田舎の暮らしは楽とは言えないけど、都会にはないような良さもあるよ」ということが言いたかったわけで、それを良いと思えるかどうかはやはり人次第。

だが、「都会の希薄な人間関係に疲れたから」というような理由で田舎を求めるなら、それはやめたほうがいい、と忠告せねばならない。

 

何かが苦しいから別の何かに逃げる、というのは、たいていよい結果は生まない。一生モノの住環境ともなればなおさらで、苦しいから、なんとなく田舎生活があこがれるから、ぐらいの理由で選ぶのはやめたほうがいいかもしれない。

 

田舎には田舎の、都会には都会の、よさ、悪さがあることを考慮して、移住を選択するのがよいだろう。

 

 

そこらへんは、ブコメで書いたように「おおかみこどもの雨と雪」を見てみるとよくわかると思う。

自らの子どもたちが狼と人間のハーフだったことが露呈せぬよう、人の目から逃れるようにして田舎に移住してきた母だったが、そんな母に対して地区のおじいさんは「自分たちで取る分以上の面積の畑を耕しておけ」とアドバイスする。

母は最初その意味が分からなかったが、おすそ分けをどっさりもらうようになって、「そういうことだったのか」と納得する。

 

厳しい環境では助け合って生きていかなければならない。だから、ある種の陰湿さ、排他的な考えは、それに適していると言える。

それを良いとみるか悪いとみるかはそれぞれであるが、一つ言えるのは、「移住を決める前によく考えてよ!!」ってこと。

 

でないと、〇〇町に引っ越してきたMさんみたいに、Sさんみたいに、散々な目にあって、泣く泣くまた越していかなきゃいけなくなるから。

 

衝動的な決定の前にこれを読んで、思いとどまっていただける方がおられれば、幸いである。