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ちしきよく。

雑多系ブログ。みなさんの「何かを知りたい!」という欲を叶えましょう。

どうして「剽窃」はダメなのか?対策はあるか?現役大学生が考えてみた



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あらわになった剽窃の問題~大丈夫か日本~

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大学生によるレポートの「剽窃」が問題になっています。

例えば、去年、東京大学教養学部に所属する、とある学生のレポートの75%が剽窃だと判明し、その学期に履修したすべての単位を取り消しになるという出来事がありました。(クリックすると東大のページ(pdf形式)に飛びます)

東京大学といえば日本で知らない人はいない、日本の最高学府の中でもトップに冠する研究機関ですね。その東大で剽窃が起こってしまいました。

剽窃と引用の違い

剽窃とは、他人の説や考え方を、まるで自分が考えたように見せかけてレポートを書くことです。他人の文章を持ってくるときには、ちゃんと「引用」という形で持ってこなければなりません。ですが、そもそも

剽窃と引用の違いって何やねん!!

と思っていらっしゃる方もいるでしょうから、先にそれについて説明しておきます。

 

引用とは何か?なぜ引用はOKなのか?

引用というのは、著作権法第三十二条で保障されている権利のことです。

1.公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない

どうして適切な範囲の引用が認められているのか。

それは、引用を認めなければ、研究者にとって大きく不便だからです。考えてもみてください。引用が一切認められない世界なら、「ごめんね、文章を載せたいのはやまやまだけど、法律で禁止されてるから自分で本を買って読んでね」と言わなければならなくなります。こういう手間というのは引用さえ認められていれば本来かからないはずのものであり、彼らの時間を無駄にすることが考えられます。だから引用がOKなのです。また、情報の信ぴょう性を高めるという目的もあります。自分の説を裏付ける証拠や、反対意見を、実際の他者の出版物や研究成果から引用して、自説の説得力を高めることができるわけです。引用はこういうわけで、正当な権利として認められています。

剽窃とは?なぜ剽窃はいけないのか?

先ほども書きましたが、剽窃とは「他人が書いたものを、自分が書いたものであるかのように書くこと」を指します。平たい話コピペですよ。

引用とどこが違うのでしょうか。それは、

引用元を書いているかどうか

だけです。引用元を明記していれば少なくとも剽窃になることはありません。引用元がなければ、たとえそれが故意によるものでなかったとしても、剽窃になる可能性があります。

では、どうして他人の説を勝手に持ってくるのがまずいのか、考えていきましょう。

ですが、ここで問題があります。実は、剽窃がなぜいけないのか、という理由を挙げるのは簡単なのですが、「なぜ剽窃がいけないのかわからない」と心の底から思っている人に、剽窃がいけないことだと理解してもらうのはすごく大変なのです。なぜかというと多少、倫理観を含むからです。

剽窃が駄目な理由

まず、「自分が同じことをされたらどう思うか」

というのを考えてみましょう。

自分が一生懸命調べて書いた文章が、顔も名前も知らない他人に、まるでその人が書いたかのようにコピーされたと知ったら、腹が立ちませんか?私はもちろんめちゃくちゃ腹が立ちます。

剽窃とは違いますが、以前どこぞのキュレーションサイトに、私のブログから「引用」という形さえなく記事を丸コピーされました(今は消えてます)。

自分がされて嫌なことは他人にしてはいけない、まさしく倫理観の問題になるのですが、剽窃が禁止されている理由の一つです。

ですが、あくまで倫理観の問題でしかなく、この理屈でいけば、コピーされても腹が立たない人ならやってもいい、と言われても仕方がありません。だって彼らは

本気で、どうしてコピーが駄目なのか、わかってないんですから。

 

そしてもう一つに、「学問の発展に寄与しないから」というのもあります。学問というのは積み重ねです。過去の人間が言ったことが、本当に正しいのか、それとも間違っているのかを含め、自分の考えを過去のの上に積み重ねていくものです。「Aの提唱する仮説は間違っている」という仮説までも自分の仮説にできるのです。

そして、常に学問はそうやって発展してきました。

しかし誰かが剽窃やコピーをしたらどうなるでしょう。その行為が誰の役にも立たないどころか、誰がその説を最初に唱えたかがうやむやになってしまうことまで考えられます。もし剽窃を認めてしまえば、学問が発展しなくなるのです。

 

また、法律でも剽窃は禁止されています。さっきの法律……著作権法における「著作物」の説明から。

著作物とは著作権法第二条一項にあてはまるものです。

思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

ですからデータなどは、そのデータを集めるのにどれだけ苦労しても著作物にはなりません。あくまで筆者の独特の考えが著作物ということです。

一般に剽窃で用いられる文章は「学術」に入りますが、他にも小説をコピーした場合は「文芸」、絵をコピーした場合は「美術」となっており、創作物を網羅しています。そして、これらの剽窃やコピーを防いでいます。

そして、これを守らなかった場合罰則が科せられます。

第百十九条 著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者(中略)は、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

剽窃をした者には刑事罰が課される場合があります。いいですか、刑事罰ですよ。最悪逮捕ですよ(剽窃で逮捕って聞いたことないですが)。

しかし、たとえ剽窃をやったとしても、現在著作権は親告罪であり、言い換えれば

著作権者が告訴しない限り、著作権侵害を公告(裁判をするなど)ができない

という仕組みになっています。今回取り上げるのはそこの問題ではありません。日本では剽窃コピペをやろうと思えばできます。が、そんな人間が研究者になる資格はないと思うし、ばれる、ばれないの問題ではないと思います。

剽窃の対策

学生の皆さんには悲報ですが、ちゃんと対策はされています。剽窃チェッカーというサイトがあり、ここに文章を打ち込むだけで検索結果が表示されます。どうせやる気のない学生はページの上のほうからしか剽窃しませんので、見つけるのも簡単です。

ですから、(※悪用禁止ですよ!)ネットに情報が上がってない本から剽窃すれば、ばれない可能性はあります。ですがこれは、いわば「教授が無能であることに賭ける」という他人任せの方法であり、おすすめはしません。専門家ならその分野の本はだいたい読んでいると思われるので、リスクは高いです。正直自分で書いたほうが早いです。

剽窃はためにならないから、やめたほうがいいね

そして最後に、剽窃をする学生さんに一つ質問があります。

「剽窃をして何か自分のためになるのですか?」とたずねたいのです。

大学での剽窃行為が認められていないのは、上に書いた理由の他にも、自分で考える力が身につかないから、というのもあると思われます。レポートを書くのは何も卒業、進級するためだけではありません。自分で考え、研究する力を身につけるためでもあります。目的と手段をごっちゃにしてはいけません。

何より、大学生のほとんどのみなさんは、親に生活費や学費を払ってもらっているのですよ。そうでなければ奨学金。世間は学生に剽窃を望んではいません。彼らの期待を無下にしてよいのでしょうか?罪悪感はないのでしょうか?

剽窃できる環境というのはありはします。徹底的に文章の構成を変え、名詞を変えとしていればたとえツールを使ってもバレはしません。が、そうやって安易に自らのプライドを捨ててよいのか?ということを、最後に問うておきます。