ちしきよく。

雑多系ブログ。みなさんの「何かを知りたい!」という欲を叶えましょう。

「はっきり言う人」「他人の気持ちに鈍感な人」の対策



あとで読む

ことばの棘に気付いたのが1年ぐらい前、意識し、発言に気を付けるようになったのがようやく数か月前なのだが、今まで見えてこなかったことが見えるようになってきた。

発言に気を使うようになれば、必然的に「どんなことばが気を使わないことばなのか」考える。そうすると昔の自分によく似ている人を探すのも早くなる。

 

ああー、まあみんなが通る道なのかなという半分の懐かしさと半分の諦めを覚えながら、彼らの特徴だとか対策を、述べていく。

 

ついこの前も(頼まれて勉強を教えたことがある友人に対し)「勉強教えようか?お節介でごめんね、でも分からないところがあったら遠慮なく聞いてね」と言ったところ、「唐突に何?お節介ってわかってるなら余計なことしないで」と怒られてしまい、ションボリしている最中である。唐突って……この前教えたやん、そっちが頼んできたやん。

 

確かに、もともとの性格がお節介なのは認めよう。だけども云々、

それを直接は口に出さなくなったので、まあその友人よりは成長してるのかな、と勝手に思っている。友人見てるか~?*1

 

 

他人の気持ちがわからない

……という人間から「どうやれば他人に嫌われずにすむか」という相談を受けた。何回か。聞かれても有益なアドバイスできねえよ、と思いながら聞く。

 

かれらはよく「他人に知らない間に嫌われてたらしい」「怒らせてしまっただろうことはわかるけど、なぜ怒っているのかわからない」と言う。

そのうち、「他人の気持ちがわからない人」には2種類あるな、と強く実感した。

 

片方が私のようなタイプで、他人にズカズカ言われて傷ついた後、「ああ、自分も言い過ぎてたな」と反省する人。

そしてもう片方が、自分が何を言われても傷つかないから、他人に何を言うと怒られるのかわからない人。

 

どっちが良いとか悪いではないが、「性格を変えたい」のであれば、前者のほうがまだ解決しやすい。前者ならば「言うべきかどうかちゃんと考えてから言う」という対策をとることが可能だからだ。私はそれで改善した……はず!

 

しかし後者だと困る。「本気で相手のことを思った結果」としてのズカズカだったりするので、なぜ怒っているのかがわからなかったりするのだ。

 

そして現在進行形でそれを悩んでいる友人がいる。根っこはめちゃめちゃいい人だし、何を言われても怒らない、器の広い人なのだがひとこと多い。

「え?ここでそれ言う?」みたいな、いわば空気を読めない発言。空気が凍り付いて、その後「何でみんなあそこで固まってたの?」と悪気なく言うものだから、本当に気づいてないんだろうな。

 

その人に対し「じゃあさ、自分が何か言われて傷ついたことってある?」と聞くと、「いじめられてきたから、もう何言われても傷つかなくなった」という。

要するに、基準がないのである。

 

ここまで言っても大丈夫だろう、ここからはさすがに不躾すぎる、という言動のボーダーラインを、誰しも持っている。

それは場所や相手、時間により変わるが、世の中にはこういうボーダーラインを持たない人間もいるのだなあ、と、私は驚いた。

 

 

「傷ついた」事実を素直に言う

かれらは何を以って人を傷つけるのか、本当に知らないことが多い。

だから基本的には「今のことば、ちょっと傷ついたんだけど」と言っちゃっても構わないだろう。

前者の人間なら反省して言動を改めるだろうし、後者のほうならとりあえず言わなくなるようにはすると思う。何度も言ってくる人なら距離をとろう。

 

具体的にどんな言動が人を傷つけるかわからないのだから、自分が傷ついたことを察しろ、というのも、どだい無理な話

むしろ「なんで察してくれないの?」と言えば、こじれる可能性もある。

察するのが苦手な人種だと割り切るしかない。

 

良くも悪くも率直であるから、謝ってくれると思う。

言われたことを引きずり続けるより健全なのは、間違いない。

ただ、謝ってくれないどころか、「傷つくそっちが悪い」なんて言い出した人は本当に救いようがないので、可能な限り縁を切るべきである。

それはもう、「ズカズカ言ってしまう」という領域ではなく、ただただ性格が悪いだけである。消耗するだけなので、参らぬよう縁を切ろう。

 

言動の改善を「後から」押し付けない

やってしまいがちなのがこれ。

「あんたさあ、ずっと思ってたんだけど、言い過ぎじゃない?」と後出しで指摘すること。「さっきの傷ついたんだけど!」なら良いとしても、前から思っていたことを言われても、そもそも覚えていないことが多い。*2

一般人がする天気の話同様、どれだけ人を傷つける言動も、彼らは無意識のうちに行っているので、後出しで言ってもあまり効果がないようである。

 

 

常に地雷がある状態なのに、ずっと思ってたけど地雷を踏むな、なんて言ったところで改善は望めないだろう。*3

 

遠慮せず距離をとる

距離をとったら相手に悪いかな、といって遠慮してしまう方もいそうである。

一つ確実に言えるのは、かれらは「距離をとられた」ぐらいでは気づかない。自分の言動に無頓着であるならば、多少縁が遠くなったことも気づかないだろう。

そこに気付ける人間は、自分の言動も顧みているはず、という前提であるが、これが外れたことはない。

人間関係に敏感な人は、自分が嫌われていないか、自分が嫌われる言動をしていないかにも、常に気を配っている。それが分別のある大人である。

 

傷つきやすい人はそもそも「傷つくな」「気にするな」と言われてもやはり気になる(私もそうである)のだから、遠慮なく距離をとって構わないだろう。

 

病気の可能性を指摘するのは相当な覚悟を持つこと

あまりに相手の言うことがズカズカすぎて、勢いで「アスペじゃないよね?」なんて言わないようにしよう。意外とやりがちらしい(友人いわく結構言われたとのこと)。信じられないけど。

 

相手が言ったから自分も言っていい、というのは幼稚であり、何も得しない。第三者から見たら同じ土俵。

 

例え相手のことを心配していたとしても、家族以外、発達障がいのようなデリケートなことには首を突っ込むべきではない。率直に言えばそれは大きなお世話、デカすぎるお節介だ

男性が女性に体重を聞いて「肥満?病気を疑った方がいいよ」と言うようなものである。

 

何を言われても傷つかない人であれば素直に行く可能性があるが、病気でしょ?と指摘されても心が動じない人間であることを相手に期待するのは、あまりにリスクが大きすぎる。

 

しかしあなたがもし、その人の親友で、親友が本当に悩んでいるようであれば、「相手の人生がどうなっても自分が責任を持つ」という覚悟で、病院を勧めていいかもしれない。

 

あなたがそういう人なら……

「相手と100%理解し合える」というのは陥りやすい傲慢である。人間は絶対的に意志を伝える手段は持たず、100%なんてことはありえない。それはご承知のことと思う。

であるから「もしかしたら自分も一言多いかも」と思っている方は、意外と多いのかもしれない。

 

もしあなたが「最近言われて傷ついたこと」をいくつか思い出せるのなら、根本的な改善が十分望める。欠点やミスを相手に伝える前に、必ず3秒待つのである。

私を含め、単に短気で、せっかちな人が多かったから、言われれば普通の人と同じように傷つく。要するに考える時間が足りないだけである。

 

3秒もあれば、「言っちゃいけないこと」を十分に避けることが可能だ。

 

 

しかし「距離取られてるような…」「理由はわからないけどみんなが怒ってるような」という人は後者の可能性がある。

こっちは現在、精神的な病に該当しうるため、私が対処法を述べることはしない。専門家の指示を仰いでほしい。

 

以上、第三者としての対策と、自分の対策を述べていった。困ったときはこれを読み返して、処方箋としていただきたいと思う。

*1:見てない

*2:私も友人に、「この前のアレ、ちょっと傷ついたわ」と言ったところ、「え?何の話?」と言われてしまった

*3:これに限らず、「他人の性格を変えてやろう」と望むのは消耗するだけなのでオススメしない…