ちしきよく。

雑多系ブログ。みなさんの「何かを知りたい!」という欲を叶えましょう。

ツノゼミに見る(ダーウィンの)進化論について 進化論は嘘?



あとで読む

f:id:zetakun:20161202075752p:plain

ダーウィンの進化論

さて、今日はダーウィンがとなえた進化論について説明します。名前くらい聞いたことがあるんじゃないですかね。

ですが、肝心の進化論については、結構誤解されてることが多いんです。でもそれを説明する前に、進化が一体何なのかというところから始めます。

進化とは何か

皆さん、進化とは何か説明できますか?

試しに辞書で調べてみました。

進化とは……生物が、単純微小な原始生命から、段階的に、複雑多様なものへと変化して来たこと。更に広く、事物が一層すぐれたものに発展すること。

だそうですね。で、これが問題なんです。進化というと、なんだろう、ポケモンの進化みたいにとらえる人が多いんですね。ポケモンって、進化させていくと強くなるじゃないですか、ああいう感じで進化をとらえてる人がいるんです。

f:id:zetakun:20161207110754j:plain

例えば、首が短くて困ってたキリンさんがいるとします。

f:id:zetakun:20161202080005p:plain

(首が長いキリンさん)

「ああ、首が短くて果物に届かないや。もっと首を長くしたい!うーん、うーん!(力踏んばってます)あ、長くなったぞ!」下手な例えですがこのようにとらえてる方が多いのです。

実は違います。

今日は進化のメカニズムについて説明していきます。

偶然で起こる進化

進化というと語弊を招くので、むしろ「偶然」と呼んでも差し支えないかもしれません。進化の歴史は偶然の歴史でした。

先ほどのキリンの例をあげて説明してみます。木とキリンがいました。まだお互い背は低いです。

キリンが木を食べだしました。ところが、「偶然に」高く生まれた木だけは食べられなかったのです!他の木がむしゃむしゃ食べられていく中、その木たち、つまり高い木たちは助かりました。  時は経ち、高い木たちは生き残り、子孫をつくりました。高い木と高い木の配合なので、高い木が生まれてきます。

こうして木は食べられなくなりました。

キリンは困りました。木が高くなったのでものが食べられない。かといって首を伸ばすこともできない。ところがそんな中、おかまいなしに高い木の果実をかじるキリンがいました。彼らもまた、「偶然に」高い背に恵まれたのです。そのおかげで、背の低いキリンたちがばったばった倒れていく中、背の高いキリンたちは助かりました。  そして子供を産んだら子供も背が高くなって、キリンの平均身長は上がったのでした。おわり。

なんとも涙ぐましいではありませんか。背の低い木やキリンはなんと死んでしまったのです!生の裏に数えきれないほどの死がありました。  どんなに環境が変化しても生物が生き延びてこられたのは、まさに偶然のおかげなのです。

ということは、今人間が生きているのも、すごい偶然によるものだと考えられますよね。感謝しましょう、ご先祖様(原核生物)に。

ダーウィンの「自然選択説」

ちなみに、これを「自然選択説」または「自然淘汰説」と呼びます。環境の変化に耐えられなかった者が死んでいく(淘汰される)のであり、決してキリンや木たちが背の高さをのぞんで、適応しようとした(努力があった)わけではありません。いや、こればっかりはキリンさんや木さんに聞かないとわからないか。

進化というのは一世代が起こせるようなものではありません。ましては一個体だけが進化するというのはありえないことです。

ここで進化と適応の違いについても説明しておきます。

適応というのは、生物が長い時間をかけ(=たくさんの世代をかけて)、周りの環境に自分の体を合わせ、生き延びられるようにすることです。

進化というのはもっと広く、環境の変化に耐えられなかった者が死に、耐えられた者が生き残り、その者たちで子孫を作ることで変化に耐えられるようにする(そこに意志は介在していませんが)、というプロセス全体を指します。

進化論の嘘・間違い

もう一つ注意していただきたいのは、これが必ずしも正しいわけではないということ。確かにダーウィンが唱えた進化論は当時宗教観に影響を与えるほどインパクトの強いものであり、広く受け入れられてはいました。

しかし、自然選択説だけで説明がつかないことも多々あるのです。例えばカモシカの足は速いほうが生存に有利だから、足の速いカモシカだけが生き残った、という考えは間違いです。観察してみると、逃げた方向だとか、その場の状況によって逃げ切れるかどうか変わるので、足の速さだけが進化につながるかといえば、そういうわけでもないようです。

環境の変化に耐えるように進化してきた動物たちを進化論で考えると確かに辻褄は会いますが、その逆……進化論で考えた動物たちが必ずそのように進化してきているか、というのは必ずしも成り立つわけではないんですね。

つまり自然選択説は万能ではないということ。そして、自然はそれだけで片付けられるほど単純ではないということ。

それではイケメンや美女だけを集めて子供を作れば、人間はかっこよく、かわいくなっていくのでしょうか?ブサイク(失礼)な人たちは人間社会という壮絶な自然の中で淘汰されるしかないのでしょうか?  …………それはわかりませんね。人間の遺伝子に関してはまだわかっていないことがたくさんありますから。その話もいずれ、歴史と混ぜてしていきたいと思います。

ツノゼミに見る進化論

ツノゼミという科のセミがいます。

f:id:zetakun:20161202082622p:plain

このツノ、実は役割どころか、どうやって生えてきたのかもわかってません。こういうカタチだけではありません。ツノだけ見ても多種多様です。

一説には、植物のトゲや、枯れた芽に擬態するためじゃないかと言われてますが、進化の幅が大きすぎて研究者でさえよくわかってないそうです。

ここまで来ると進化も何もあったもんではありません。ダーウィンは自らの論……

生物が環境に適応する方向に進化を遂げていった

ということに説明がつかない虫がいるのを知っていました。ツノクワガタです。

f:id:zetakun:20161202083130j:plain

(「風雲!昆虫城」展の見どころ その① : 萩博ブログ より引用)

クワガタは他のクワガタと戦うため大アゴを持っています。しかし、これほど大きくなると逆に不便なのではないでしょうか。

彼はこのクワガタについて、過剰進化という説明を行いました。進化のほどがよーくわからんし合理的じゃないので、「進化しすぎちゃったネ☆」というわけです。

ですが、もしかするとツノゼミくんはあの立派なツノをちゃんとした理由で持っているのかもしれないので、過剰進化では説明が付かないかもしれません。

ですので、進化論はある意味嘘になってしまいます。

ただ、他の生物を考えたとき、進化論が一番説明がつくので支持された、というわけです。

人間はこの厳しい世間を生き延びるため、人を欺くことを覚え、知恵を身に着けます。ですが、今回の話に限って言えば、それは進化じゃないことがわかりました。

 

この前の

 

www.chishikiyoku.com

 この記事でいう「実はこの表現半分間違ってます」は、

素数ゼミ自体が「わざと13年、17年周期で発生しようと考えた」という表現に対しての突っ込みです。すなわち、セミさんが考えたのではなく、他の周期で繁殖していたセミが全部滅び、捕食者と遭遇しにくくなった素数ゼミだけが生き残った、と表現するのが正しいでしょう。

今回はここまで。