ちしきよく。

雑多系ブログ。みなさんの「何かを知りたい!」という欲を叶えましょう。

「非難する人は絶対に幸せになれない」への個人的所感



あとで読む

www.kk3marketer.com

という記事を読んだ。私がいつも参考にしているid:kk3marketerさんの記事。

彼の記事はまあなんというか、私と同年代ぐらいの方とは思えないぐらいに、ターゲティングがしっかりしているし、読ませる文章をお書きになる。

正直とても真似できない。

 

 

しかし、上の記事に関して言えば、私は反対だ。

 

非難=不幸せなのか?

そもそも論として、「他人のことを悪く言ってエゴを満たす人」は絶対に幸せになれないのか、ということだが。

「他人のことを悪く言う」ということを仮に「非難」としよう。(あえて批判とは区別しない)

 

 

そうすると、このエントリ自体が、人のことを悪く言ってエゴを満たすためのエントリだから、その時点で私は幸せではないことになる。

 

 

だが、私の私生活は充実している。

ネットでも、存分に言いたいことがこんな感じで言えていて満足している。

端的に言えば幸せだ。

 

 

幸せだから、残念ながら?タイトル通りに行ってはいない。 

 

 

もちろん私だって、批判に腹を立てたことはある。

 

「じゃああんたが書いてみろや」とも考える。

気持ちは死ぬほどわかる。 

 

創作者と観客はもともと不平等

その感覚は、批判されてみるとよくわかる。

 

外部からは好き勝手に言えるし、基本的に批判というものは後出しだ。

「いやいや、おめーら、後からなら何でも言えるだろ」という感覚はすごくわかる。

 

これは、「創作者と観客はもともと立場が違うのだ」というごく当たり前の事実を示している。

時々、「創作者も観客も平等だ」と言ってのける人がいるが、あれは違うと思う。

 

批判する側、批判される側、後出しで言う側、先に出す側、

この両者が立場として同じはずがない。

 

 

いうなれば創作者は、「後出しじゃんけんに勝て」と言われているようなもんなのだ。

 

 

しかし、そのことを創作者が口に出すことで、一気に反感を買うのは目に見えている。

なぜならそのことばの裏にはいつだって、

 

「俺はお前とは違う、ステージの上に立つ人間なんだ」

という価値観が見え隠れするからだ。

さらに言えば、

「どうせお前等は俺みたいには作れないんだろ」

 

という、立場の違いをも暗黙として了解するよう押し付けているように見える。

 

 

これは私だけではない。

どうしてsyamu_gameが「ほならね理論」であんなに叩かれたのか、

よく調べて考えてみるといい。

 

客観的に、字面だけを読み取るならば、

「ステージの下からゴチャゴチャいう雑魚」とやらの対義語は、

「ステージの上で発表する俺様」だろう。 

 

だからこそ素直さが大事

石やトマトを投げつけられる立場だからこそ思うのは、「素直さ」って大事なんやな、ということ。

 

「どうせこいつらは雑魚だし伝わらないや」とか、

「俺とお前等は違うんだ」という態度を見せていれば、いつか普通の読者にも見放され、大きなしっぺ返しが来るだろう。

 

なぜなら誰にだって何かを批判する権利があって、「口出しするな雑魚」的態度は、そういう権利をないがしろにしていると思われるからだ。何も言わない普通の読者にも。

 

それはコミュニケーションの断絶であり、本来「わかってもらう立場」である私たちがすすんで断絶をすれば、心は離れていってしまう。

もし人を選ぶ文章を書きたいなら、ブログじゃなくてメルマガですればいい。

 

 

悪いことに、そういう態度が自分の心にあるかないかということではなく、「そう見えるかどうか」のほうが重要なのだ。

だから、いかに「真摯に」「正直に」「真面目に」対応してるつもりでも、傲慢と取られてしまえば、それで終わり。

 

創作者からすれば何とも迷惑な話だけど、それが言論を世に出すということ。

自分がどう思ってるかなんて、画面の向こうの数千人には知ったこっちゃないのである。だからこそ怖い。

 

炎上怖がりと素直な姿勢は違う

そう言うと、

「書きたいことも書けなくなったら終わりだよ」という声も返ってきそうだが、それは違う。

 

書きたいことを書けなくなるのと、素直な姿勢は別物だ。

 

 

私は何より素直な姿勢を見せるように心がけている。

 

具体的には、

 

  • 情報はできるだけ正確を期するし、根拠を記載する
  • 根拠なくそれっぽいこと書かない
  • 間違っていたらちゃんとみんなの前で謝罪
  • 間違っていたところは消さず、打消し線にする
  • あくまでメインは論理性、感情的に書かない
  • 批判や非難に非難で返さない、返すなら論理的に
  • 自分の落ち度がない場合、むやみに謝らない(クレーマー対策)
  • 質問されたらきちんと答える

 

 

昔の自分は違っていたが、今はこういうことを心がけるおかげか、炎上を恐れることもなくなった。

 

また、素直というととにかく「誠意」、誠意といえば「ビクビク」みたいなイメージはあるが、これも違う。

 

私は落ち度があると認めれば謝るが、落ち度がないと思ったものに関しては絶対に謝らない。クレーム対応としては「謝る」は不適切で、かえって彼らを調子に乗せるだけだと思うからだ。

 

逆に「炎上を恐れる」というのは、恐れすぎて、何も書けなくなることである。

クレームも含め、あらゆる批判や非難や理不尽を怖がること。

 

よーするに、「節度を持って書くのか」と「何も書けないのか」ということであり、両者の違いが理解されたことと思う。

 

根拠の薄い言論

上の箇条書き、赤い部分は個人に向けた私の所感。

 

id:kk3marketerさんはタイトルをつけるのがとてもうまい。

正直言って読ませるし、クリックせずにはいられない。素晴らしい。

 

それはもう、懸命にマーケティングを勉強された方特有のことばのチョイスであり、そこにキラリと光るものが見える。私なんて飛沫だから、とても真似できない。

 

だが、肝心の中身が、残念ながら根拠や論理に欠けているのだ。

 

「こうすれば文章は読まれるよ」

「文章力はこうすれば上がる」

それは確かによくわかるし、納得もいく。

 

本当に残念なのは、その言論の一つ一つに、あまり根拠がないこと。

文章が「〇〇すれば読まれます」というhowに充ちているのに対し、why「なぜそう思ったのか」、who「誰がそう言ったのか」、という根拠が欠けてしまっている。

また、マーケティング指導に必要なのは具体的な実績だが、実績については何も述べられていない。あるならぜひ、誇らしげに紹介すると良いと思う。

 

だから、素直な姿勢というよりは、「何も知らない若造がそれっぽいこと言ってますわ」という印象を持たれがちになる。

それを裏付ける根拠として、ブクマにそんな感じの批判も上がってきている。

 

 

id:kk3marketerさんのエントリから察するに、きっとそれらは「批判しかできない可哀想なオッサン」としか見られてないと思うが、彼らのことばから毒々しさを抜けば、結局は「根拠がないため浅く見えてしまう」というところに行きつくのだと思う。

 

コミュニケーションを断絶していれば「まーた非難か、非表示だ!」で済むが、実は自分に寄せられた批判にこそ、「耳が痛い部分」というか「ためになる部分」がある。

人格否定はあるにしろ、完全無視はもったいないなぁ、と思ったのだった。

 

論理的な文章を

あと、「感情マーケティング」についての是非。

バズりたいだけならば確かにタイトルや本文で感情を揺さぶることも大事なのだが、それだけでは真の支持者は生まれないだろう。

 

大切なのは、明確な根拠と自らの体験に基づいた論理的な文章構成であって、それこそ「人を不快にする」文章や「それっぽい」文章なら、誰でもいくらでも書ける。

私が冒頭で紹介したエントリに批判が集まっているところを見ると、きっと皆さんもそう感じられたのであろう。

 

肝心の感情マーケティングも、やはり「誰がそう言ったのか」「それはなぜ正しいのか」「定量的にはどう分析されるか」「具体的にどういう手順で書くのか」がなく、「マーケティングって言っても結局煽ってるだけなのかよ」という誤解をされてしまっているように感じた。

 

沈黙する大多数からの反感が最も怖い

非難や批判に対して、非難で返すこと。

確かに彼の要旨は「雑魚からの意見は聞かないよ~」だったが、それは暗に「雑魚は俺に口出しするな」と言っているのに等しい。

 

読者からのPVで収益を得るブロガーが「お前らは雑魚だ。何も作ってないくせに」と言えば、反感を買うのも当然。

だって、批判者以外の大多数の読者も、普通に考えて「何も作ってない」のだから。

 

根拠もないのに人を叩く輩は確かに存在するが、そういう人達に対して、「可哀想なオッサンだなあ(笑)」と余裕しゃくしゃくな態度をとったところで、効果は薄い。

 

それどころか、その他の九十数%の読者から嫌われることもありうる。

 

「ネット炎上の研究」という本に、「現役で炎上に参加しているのは、ネット利用者の0.5%にすぎない」と書かれている。

だいたいの人は、ただ文句も何も言わず、「こいつ、なんとなく傲慢やな。読まんようにしたろ!」と思って去ってしまう。

 

自分が旅館を使って、なんとなく店員の態度が良くなかったときのことを考えてみよう。

フロントにクレームをつける人のほうが珍しいはずで、だいたいは「あそこの旅館あんまりよくなかったよ」と友達に言いふらして終わるのではないだろうか。

 

即ち、「大多数の、沈黙を決め込む読者」に嫌われてしまえば、そこでブロガー人生は終わるのである。

 

だからこそ、やはり素直な態度が必須になってくる。

 

普通の人に反感を買われない程度の素直さはみんな持ち合わせている。

根拠を明確にしたり、落ち度を認めて謝罪したりすることが、その素直さの第一歩になるだろう。

 

 

 

 

これは別にid:kk3marketerさんに特有のものではない。

私がわざわざ言及しないだけで、「何となく偉そうだなあ」と思った人はいる。

ただ今回はあまり同意できなかったので、懐の広いid:kk3marketerさんなら受け止めてくださるかな、と思い、素直な気持ちをことばにした。 

 

もしかしたらそういう炎上の芸なのかもしれないが。

(だとしたらマジレス恥ずかしい……!)

 

何やかんや言ってるけど、これからも更新を心待ちにしているうちの一人です。尊敬してます。これからもよろしくお願いします。

 

 

傲慢になっていると思われていないか、普段から気を付けて楽しみましょう。

反論などあればコメント欄でお願いします。返信が長めになりそうなので。