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「リアル鬼ごっこ」著者の山田悠介はなぜ若者に人気なんだろう?



あとで読む

山田悠介を手にとるも、お腹いっぱいになる

この前、久しぶりに山田悠介の本を手に取った。友人の家だった。

「スイッチを押すとき」というタイトルの本だった。

 

読まないからあげるよ、という友人の言葉を背に受けながら、私はしばしタイムスリップすることにした。

 

私は小学5年生、6年生あたり、かなり山田悠介の作品にはまっていた。スイッチを押すときも、その時に読んだものだ。

改版され、オモテ表紙に描かれた、良く言えば現代風の、悪く言えば本の中身も薄そうな絵―えらく美化された登場人物の絵―が目に入ってくる。『結婚したのか、俺以外の奴と』で有名な浮気ゲー「今夜アナタと眠りたい」の東山にそっくりだ。

 

確か私が読んだものは表紙に赤いスイッチが描かれていた気がするが……。時代も変わったものだなぁと思いながら読み進めていく。

 

だが、何だろう。

 

コレジャナイのだ。

 

コレジャナイ感……それは何だろう、昔あんなに大きかったと思ってた〇〇公園が、大人になって足を踏み入れてみるととても小さく感じる現象のようなものだろうか。

 

とにかく数年ぶりの感想は「こんなガックリ感満載だったっけ?」というものだった。

 

 

そこで、なぜ山田悠介がある程度の年齢の若者に評価されていた/いるのか、また、なぜ今読むとガックリなのか、今さらながら考察してみたい。

彼の本の特長をいろいろ挙げることはできるが、いくつかに絞ってみる。

 

  • 最初のインパクトの大きさ
  • 現実離れしたストーリー
  • 小学生や中学生にも読める平易な文体

 

インパクト

まず、インパクトの大きさ。『復讐したい』『リアル鬼ごっこ』はそうとして、特にタイトルが秀逸というか、読ませるものになっている。他の小説家がそうとは言わないが、彼は特にそうだ。

読者はタイトルに惹かれ読み始めるわけだが、これまたすごいのが設定の話。彼の本はだいたい20ページから30ページあたりで背景を説明してしまうのだ。つまり、こんな物語ができた背景……特別法の執行とか、国が強制的に行うプログラムとかをだ。

その設定に惹きつけられた子どもたちは、ますます彼の本にのめりこむことになる。噂が学生の間で広まっていく。

肝心の設定もかなり奇抜というか、悪く言えば変に浅いのだが、いわゆる「理不尽系」を何とも思わない人なら気にしないで楽しめるだろう、たぶん。

 

映画化までされたリアル鬼ごっこは、独裁的な王である「佐藤」が、自分の国に増えすぎた佐藤姓の人間を、鬼ごっこ方式で処刑していくという設定だ。毎晩1時間行われる鬼ごっこで、捕まった佐藤さんたちは処刑されてしまう。佐藤姓の一人である佐藤翼が今回の主人公なわけだが、このストーリー……理不尽さは如何ともしがたい。

こんなあらすじが、惜しげもなく20ページぐらいまでで紹介されてしまうのだ。続きが気になるのも必然的。

ドアDも同じようなものだ。飲み会が終わってから、いつの間にかコンクリート打ちっぱなしの部屋に閉じ込められた主人公とその仲間たち。ドアが一つだけあるが開かない。しかし部屋の穴から突然水が噴き出してきて……?というもの。

今回紹介するスイッチを押すときも、20ページ目で背景の説明は終わりだ。

青少年の自殺背景を探るため、国が行った実験。それは、10歳になった子どもを親から引き離し、心臓に特殊な手術をして、押した瞬間心臓が止まるスイッチを持たせ、施設で監視する、というもの。

そんなことできるはずがないのだ。

 

だが、山田悠介氏の手にかかれば、恐らくあったであろう猛烈な反発も無視される。

政府や国の手により強制的に施行したとか、よくわからんがとにかくそうなってるという一文で終わってしまう。いわば「ここにツッコむのは野暮なんですよ」レベルで、現実ならば起こっているであろう矛盾点なんかをバッサリ否定する。

 

そして、この気持ちの良いほどの切り捨て方は、彼の強みにもなっている。

小学生、中学生、高校生に彼の本がウケているのは、ある重要な事実を示唆している。

「小説にリアルさが無くても(初期設定のインパクトがあれば)ウケる層にはウケる」ということ。

読者層の取捨選択が本当に上手だなぁ、と思わされる。

 

理不尽なまでの状況や背景を、あらかじめ前提にする。

その前提は前提として、作中で一切覆されずにストーリーが進む。実際問題、絶対に不可能な設定も、前提としてちゃんと読者に受け入れられる。というのも、軽い気持ちで本を手に取りたい子どもたちは、何も前提そのものの不可能性なんて気にしちゃいないのだ。

 

もちろんそういう点を気にする人も多いであろう。

だが、いくら国や政府の力が強かろうと、設定としては破たんしていて、絶対に実現不可能であろう「スイッチを押すとき」が、とうとう映画化までされてしまった現実を見るに「気にしない人」がいるのは確かだ。そして、彼はそんな人たちからの人気を、設定のインパクトでもぎ取っていったのである。

 

こうなるとむしろ「設定が荒唐無稽」という批判自体が、本当に野暮なものかに思えてしまう。いやまあ、前提だけならまだマシなのだが、後述するように、彼の本はストーリーもアレなのだ。

 

現実離れしたストーリー

例えばスイッチを押すときでは、主人公らが警察から逃亡するシーンが出てくるのだが、重犯罪者を何もせずに放っておくほど日本の警察は無能ではない。脱走=即処刑という前提だったのに、そんなことも忘れてしまっている。即処刑レベルの重罪なら、もっと本気を出して追いつめているはずだ。

一般道、高速に周到に検問を張らないはずがない。関係者の親をきっちり監視していないはずがない。変装したぐらいでバレないはずがない。

 

他にもある。

「ライヴ」では、とある致死率の高い病気の特効薬を求め、患者の家族たちが死のトライアスロンに参加するというものだ。(トライアスロンで優勝すると、特効薬が贈呈されるという噂がネット上で流れる)

作中、なぜかテレビの電波がハックされ、テレビにトライアスロンの様子が中継されるのである。どんな組織が関わってんだよ(笑)

警察も特殊部隊も全く動かない。死者も負傷者も出ているのにだ。

さらに、全く運動をしていないのに、25キロのマラソンを「朝飯前」なんて言って、何やかんやでちゃんと走っちゃう登場人物たち。

細かいところをあげればキリがない。

 

だが、山田悠介の手にかかれば、やはり

そんなことはどうでもいい

のである。なぜなら、そういう現実との矛盾は、彼の小説、そして支持者には必要ないのだから。

 

悪く言えばご都合主義なのだが、あいにくながら彼の小説にはそのご都合をご都合と割り切って楽しませるような突破力がある。例えるならハリウッド映画のようなものか。かかる時間と金は全く違うが……。

 

いやいや、こんなんなるはずないやん(笑)

主人公強すぎやろ(笑)

この黒幕何者なんや……ありえへんわ(笑)

 

こういう点に目が行かないような人なら、恐らくかなり楽しめるに違いない。

 

本当は現実問題と重ね合わせながら、現実の上にうまく虚構を作り上げ、読者を引き込むのが小説家なのだろうが、あいにくそんなに完成された小説を、彼の支持者は求めていないし、恐らく彼も書けないだろう(笑)

 

 

平易な文体

某村上さんのような、排水溝に絡まる毛のような長ったらしい比喩は絶対に使わない。(私は某村上さん結構好きなのだが)

 

ただ淡々と主人公の心情、行動、背景が説明されていくような文体だ。

悪く言えば軽い、良く言えば読みやすい。

私が学生のころ「朝の読書タイム」的なのがあった。

おのおのが好きな本を持ってきて一日15分読むのである。

そして、山田悠介の作風は、この時間に読むのにぴったりだ。ドストエフスキーなんて読んだ日には、たとえシオリを挟んでおいたとしても「あれ、ここまで本当に読んだっけ?」なんてなってしまうものだが、山田悠介は一文が軽い。瞬足かよ、ってぐらい軽い。瞬足履いたことないけど。

 

要するに、学生の朝読書タイムにでも、通学の電車の中でも手軽に読めるのが彼の文体の強みなのだ。

もちろん「文章が稚拙だ」という批判もまた正しい。手軽というか……たぶんこんな文体でしか書けないのだろう。そういう意味でいえば、稚拙という批判は的を射ている。

が、その稚拙さが逆に幸いして、手軽な読み物としてウケたのだろう。

 

がっくりの理由

では、こんなに人気の小説を久々に読み返したとき、なぜ私はがっくりだったのだろう。おそらくだが、いろんなことを知って世界が広くなったせいで、彼の小説の前提の矛盾、設定の稚拙さに目が行ってしまったからだ、と推察する。

登場人物のセリフがどことなく臭いというか、ドラマの台本を読んでいる気分になったのも大きい。こんな言い回しせんだろ普通という表現が惜しげもなく使われているので、途中で胃がもたれてしまった。

さらに言えば、文章自体がぶつ切りで読みにくかったというのもある。長い文章を読みなれているので、こんなにブツブツ切られると、個人的には困るのである。

最後にジェスチャー。やたら大げさなジェスチャーをしたがるが、(例えば肩をすくめるだとか、絶望で膝から崩れ落ちるだとか、赤ん坊のように泣くだとか)このような動きをする日本人を、私は見たことがない。

やはり、どことなく映画を見ているような気分になってしまう。ジェスチャーが視覚的に訴えるのだろう。

 

私は矛盾に目が行かない人を幼稚だと批難しているわけではない。これは個人的な問題であり、知識はあって世界も広いが、気にならない人も大勢いると思う。

ただ、個人的にはがっくりだったなぁ、という話である。

 

 

という感じで紹介してみたが、まっとうな批判もある。

山田悠介嫌い派の主張

文章が変

山田悠介 - アンサイクロペディア

に譲ることにする。かなり秀逸な記事である。

リアル鬼ごっこ内の変な文章を取り上げ、面白おかしく紹介している。

 

山田流奥義~日英日翻訳風
「そして、翼はこれが一番の衝撃を受けた。これは、それ程まではっきりと見えなかったが、腰の辺りに何か拳銃の様な武器がチラッと確認できた。」

山田流秘奥義~世界を支配するもの
「翼は辺りをキョロキョロさせながら」

山田流秘奥義~2重扉
「益美は幼稚園児の黄色いカバンを片手に玄関の外へと出ていた。そして、静かに扉が開かれた

山田流秘奥義~ラララライ体操
「ランニング状態で足を止めた」

 ラララライ体操で5分ほどツボに入ってしまった。ひどすぎる。

さきほど文章力が稚拙と書いたが、これは稚拙なんてもんじゃない。小説家と呼ぶには破綻している。校正通したのかな……?

 

人物の行動が謎

リアル鬼ごっこ (伝記) - アンサイクロペディア

この記事を読めば彼への批判がだいたいわかる。どの小説も、ちょっと掘り下げただけで不可解な点がたくさん出てくる。まさに「練りこみが甘い」のだろう。

本当はここもあと5000字くらいかけて紹介したいのだが。

 

グロけりゃいい、後味悪けりゃいいという風潮 

彼の作品の3分の1はグロテスクだ。そして2分の1は後味悪い。重複しているのもある。

ここまでくると「グロでバッドエンドならいいんだろ」ととられてもしょうがない。

ここでは書けない描写もいっぱい出てくる。人の首をかいてゴールにシューッ!!超エキサイティング!!なものも、ジェットコースターの安全棒に捕まり最後まで生き残ったほうが勝ち!なゲームも、心臓を矢で貫かれるものも。

あまりグロテスクなものが苦手な人は読まない方がいい。

スイッチを押すとき は、最初を除けばそんなにグロくはないが。

 

まあ何やかんやあって、私の最終的な感想は、

もう読まなくていいかな……

だ。かなりお腹いっぱい感ある。

 

あーイタタ、2000文字ぐらいで紹介するつもりが長くなってしまった。今回もここまでお読みいただきありがとうございました。