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ちしきよく。

雑多系ブログ。みなさんの「何かを知りたい!」という欲を叶えましょう。

「根性がない人が仕事を辞める」って風潮誰が広めてるんだろう

時事ネタ・社会問題

(2017年3月22日10時00分)追記:ご指摘がありましたので、一部画像を差し替えています。ご指摘いただいた皆様、ありがとうございました。

 

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先日、私が働いていた塾の教室長が辞めた。数か月前に倒れたことがきっかけだった。

代わりに他の校舎から来た先生に話を伺うと、「〇〇先生は体調を崩されて、入院しています」という返事が返ってきた。

 

私たちバイト講師の待遇は(一般に言われる評判にしてみれば、)非常にホワイトで満足なのだが、その皺寄せは確実に教室長のところにきている。教室の装飾、講習会のお知らせ、電話応対、生徒勧誘、会議、バイト生のシフト組み、などなど。授業も含めたほぼ全ての仕事を、1人だけでやる。

教室長補佐みたいな人もいない。

売り上げや勧誘数にはノルマがあり、達成できなかった場合は厳しく叱責される。

 

物理的に激務なのは言うまでもないが、親御さんからのクレーム応対(かなりキツいこと言われてた)なども見ていたので、精神的にもかなりすり減るだろうなと思っていた。でもバイト講師にすぎない私に何ができるわけでもなく、「何かお手伝いすることはありませんか」と尋ねたはいいが「いえいえ、ここに来て教えてくださるだけでもう十分ですよ」と言われてしまった。

あまり安易なことを口にしないほうが良かったのでは、とも思うが、そう言いたくなるほどに教室長の目は疲れ切っていた。

 

午前中は授業がないから休み!ということでもない。本部や地区との会議を午前中に行うからだ。さらに日曜や祝日も受験生のために教室を開けなければならない。

授業後清掃をやって、帰宅できるのはようやく23時。

いつ休むんですか、教室長!

 

 

学校の授業で疲れながらもバイトに来るからと、私たちを労うためにお茶やお菓子を差し入れてくださったり、出身地が同じなんですね!と他愛もない話で盛り上がったりしたあの教室長は、もういない。

教室長は大学を出たばかりの新卒だった。

せめて補佐ぐらいつけてもよかったのではないか。 いきなり教室長の座なんて、少し荷が重すぎるのではないか。

※ちなみに、前任の教室長も新卒、1人で仕事をこなし、倒れてわずか1年で辞めてしまった。

 

それが仕事なのだと切り捨てられればそれまでだが、最初からあまりに重い責任を与え、社会に出たばかりの新卒さえも使い潰す現実に対し、私はかけることばも見つからない。

 

人を使い捨てる業界

将来は塾講師をやってみようかなとも思っていたが、この件以来そんな気はすっかり失せた。

「塾業界にはもう未来がないからやめたほうがいい」と、少し悲しそうに笑う(私が通っていた)塾の先生の顔が思い浮かばれる。生徒のためにどれだけ尽くしても、残業代は一切出ないらしい。休日の勉強会、年末の講習も、生徒の送迎も全部「ボランティア」だった。

 

少子化という現実に反し、塾講師にのしかかる責務はあまりにも大きい。表向き生徒や親の前では「賑やかな塾」を装ってはいるが、通塾率が増加しないことによる営業不振はごまかしきれず、人手は足りなくなる。そのくせノルマだけが増えて、残った人が押し付けられる。そうして病んでいく。

お世話になった塾の先生はボランティアで生徒の送迎やティッシュ・チラシ配りをさせられていた。『安さ』がウリの塾だったから、そういうところに金は使いたくないらしい。結局お腹に潰瘍ができながらも、仕事に行き続けたという。

 

不思議なのは、こんなにきつい仕事を無報酬で(サービス残業で)やったところで、それを「生徒のためだろう!」と表現すれば、全部が正当化できてしまうような気になることだ。

子どもに教える仕事をする会社として、到底許されるべき行いではない。

 

現在、日本でまことしやかに言われる「塾業界=ブラック」なんてのも、これだけの話だ。

huwahuwasan.hatenablog.com

塾講師の方のブログ。バイトの待遇はこんなに悪くはないが、やはり「人手不足」だとおっしゃっている。

 

が、この問題の本当の闇の深さを実感したのは、この話をとある友人(社会人)にしたときだった。人材不足による単なるぶっ倒れだけじゃあ、なかった。

 

根性が足りないから辞めるんだ!

彼はこう言っていた。

「その教室長は、根性が足りなかったんだね。社会に甘えてる」と。

私は教室長の目の下にできたクマと予定がビッシリのスケジュール帳を見ていたから、教室長が甘えていたとは思わなかった。よくこんな激務を半年も耐えたな、という印象だったから、彼の口から発せられたことばには驚いた。

 

彼はこう続けた。

「俺は今の仕事きついけど根性があるから辞めない

この後、どれだけ自分がドレイみたいな生活だったかを勝手に教えてくれた。 

やれ「この前は〇時間しか寝てない」だの、

やれ「残業続きで同僚が辞めた、あいつは弱い」だの。

そしてしまいには、「途中で仕事を放り投げた教室長は無責任だったね」と、教室長を叩きだしたのだ。

 

ネットで見るようなザ・根性論を未だに唱え続ける人がこんなに身近にいたなんて……と、私は開いた口も塞がらないまま。

 

根性論は都合がよい

思えば、根性論は上層部にしてみればとても都合がよい。(だから流行ったのだという話をしているのではない。根性論を社会が受け入れるかどうかは、また別問題だ。)

 

「根性」という魔法のことばは、本来ちゃんと管理されなければならないはず仕事量だとか、適材適所という観点から目を背けさせ、「仕事が終わらないのは・できないのはお前の根性がないからだ」と、個人を人格攻撃するのに役立つ。

例えばノルマの話でも、「お前に根性がないから数字が取れないんだ」と責められてしまえば、反論のしようがない。自分に根性があるかどうかなんて自分どころか他人にさえわからないのだから。

攻撃されるのが嫌な人は都合よくこき使われ、病んでしまう。

現在、根性とは多く『個人攻撃のためのバール』である。

 

問題はこれを、私の友人のような一部の社会人当たり前のように受け入れ、さらに他の誰かを叩いている、という現実。

 

あくまで一部だ。社会人全員が鎖自慢!!なんて極端なことを言っているのでは断じてない。また、根性を全否定しているわけでもない。どうしようもなくなったときに「根性で解決!!」みたいな手段を取らざるを得ない場面はある。

 

不幸自慢と他人への強要

鎖自慢ということばがある。

あまり使いたくはないが、ネットでは結構広まっている。

本来ほめられるべきではない状況……非生産的な残業だとか、長引く会議だとか、休みの少なさを、労働者たち自身が誇らしげに言う(鎖の重さを自慢する)ことに由来する。誇らしげといっても表情がいきいきとしてるわけではなく、たいてい別の意味で輝いているというか、幾重も闇を塗ってギラギラしている感じ。眼が特に。

 

追記:ブコメでご指摘がありました。

id:habitasさん>あのワタミ社員の画像を使うのは良くない。あの人が激務で痩せ細ったという証拠は無く、元から全く太らない体質の人もいる。画像にインパクトがあるんだろうが、単なる本人の体質であればとても失礼な使い方

これは本当に正しいご指摘だと思います。不適切な使い方をしたこと、お詫び申し上げます。画像は削除しました。

ご指摘、ありがとうございました。

 

 

そしてこれを他人に強要しだせば、いよいよ状況が地獄絵図になる。自分がこんだけやってるんだからお前もやれ!みたいな風潮ができはじめたら、あとは全体として待つのは緩やかな死のみ。

これは協調なんかではない。押しつけだ。

泥舟と同じで、むしろ場を降りた人のほうが得するのだが、それに気づきもせず、辞めたほうを叩いて心を安心させる。私の友人はもうこの状態になっちゃってる気がする。

 

news.careerconnection.jp

 

辞める話とは違うが、「体調不良で休むとき、バイトは代わりを探すべきか?」という問題も根っこは同じだろう。

「代わりをさがすのは、雇う側です。1人休んで回らないのは、体調管理ができていないあなたが悪いのではなく、労務管理ができていない経営者が悪いのです。迷惑をかけているのではありません」

 というツイッターの投稿を、当事者であるバイト生たちが批判するという地獄絵図。

大手ファミレスチェーンでバイトをしている学生も、「雇う側がどうのとか言うても、それを受け入れて働いてるねんから自己責任です」とツイートしていた。批判を投稿するアカウントを見てみると、当事者である学生アルバイトやフリーターと見られるユーザーが多い。

言うまでもなく、都合の良い「自己責任」という言葉で法律や道理を捻じ曲げるのは、たとえ当事者と言えども許されるべきことではない。というかそれは上層部の言い分であって、本来困っているはずのバイトやフリーターが口にするのはおかしいはずだ。 

 

「自分がそうであるから、他の奴らもそうであるべき」という意味不明な理論を振りかざしているに違いない。それを集団のみんながすれば、全体として誰も幸福にならない、ある意味幸せな環境が出来上がる。上層部にとってはいいことずくめだ。何も言わなくたって動いてくれるんだもの。

 

どんなに根性があってもいつかは倒れる

責任とか根性というバールでもって人を攻撃するような(まさに私の友人だが)人は、きっと「自分だけは倒れないし、ずっと働いていられる」と思っているのかもしれないが、そんなの大きな間違いだ。

 

どんなに優秀な人間だって、休む間もなく働けばいつかは力尽きてしまう。例えばそう、体育大学出身でソフトボール一筋、バリバリ体育会系の教室長が倒れてしまったところを見るに、部活でいくら「根性」とやらを鍛えても、精神はすり減るし、体力は衰える。

一番怖いのは、それが「自分でも気づかないうちに」という部分だ。こき使われて辞めていく友人を嘲け笑っているうちに、自分も病んでしまうことがあるのだ。

 

 

閾値があまり高くない人を「根性なし」「無責任」と言って叩くことは、本来叩くべきである「会社の仕事の割り振りのヘタさ」には気付かせてくれないし、自分もこのままではいつか倒れて(病んで)しまうのではないか?と問いかける機会をもなくしてしまう。

 

いいことなんて一つもないのだから、もうやめましょうよ。友人。

 

追記など

もちろんものごとには限度がある。

仕事を成し遂げる前にだめになりそうなら辞めていいんじゃない?というのが私の考えだが、誰にも知らせずに突然会社に行かなくなるとか、自分の後任者にやってた仕事も教えずに辞めることは「無責任」と形容していいんじゃないかな。また、入って3日で辞めるとかはさすがに非常識だと思う。

結局そこらへんの線引きは個人個人にも一般常識にもなるわけだけど、ここではそんなに極端な話をしていないことはご理解いただきたい。

 

また、今回は問題を単純にするために根性論だけを取り上げたが、そもそも「中途退職者が参入しにくい現状」(新卒が評価されやすい現状)が根性論の原因とも考えられるし、「労働問題に関して弁護士に駆け込む風潮がない」とか、「団結してストライキしようぜ!!という風潮がない」とか、「労働法に関してあまり詳しくない人が多い」など、他にも問題がいろいろあって、正直根が深すぎる。

ここで書いたほどに世の中の構図が単純でないこともまた留意されたい。

 

 

そんな感じでした。何というか、教室長があまりに不憫だったので、こうやって書き散らしちゃったことをお許しください。大丈夫かなあ。

凶悪な犯罪者には人権なんていらないんじゃない?

言論

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このまえこういう記事があった。

www.ikigaisagashi.com

id:butao_oさんのお書きになる記事は(いつも結局ソッチ系に着地するところが)好きだけど、さすがにこれは一線越えているように思われる。見過ごせないというか、重大な誤解をされているし、与えてしまっているようなので、今日は「人権」について取り上げてみよう。

 

再犯率のデータ(本当に再犯率は高いか)

まず、元記事での

性犯罪者の再犯率は約50%と言われております。

という統計の話。上エントリは全てこの再犯率の高さを論理の根拠として議論を進めている。この数字はソースが不明なのでよくわからないが、平成27年度の犯罪白書によれば、

 

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(平成27年版 犯罪白書 第4編/第1章/第1節/1)

一般刑犯法(刑事犯罪法全体から道路交通法違反を抜いたもの、殺人とか窃盗とか器物損壊とか痴漢とか)で検挙された人の再犯者率は年々増え続け、平成26年には47%……ほぼ50%となっている。

ちなみにこれは再犯率ではなく、再犯者率

「再犯率」は,犯罪により検挙等された者が,その後の一定期間内に再び犯罪を行うことがどの程度あるのかを見る指標である。これに対し,「再犯者率」は,検挙等された者の中に,過去にも検挙等された者がどの程度いるのかを見る指標である。

平成28年版 犯罪白書 第5編/第1章/第1節/コラム

 

たとえば今年処分された犯罪者は A さんと B さんの二人だったとします。A さんは再犯で、B さんは初犯です。この年の「再犯者率」は 50% です。翌年には A さんと C さんが処分されました。A さんは当然再犯、C さんは初犯。この年も「再犯者率」は 50% です。こんな感じで毎年 A さん + 別の初犯の人が処分される、というのが 10 年続くとすると、「再犯者率」は毎年 50% ですが、「再犯率」は約 9% になります。

再犯者率とは - はてなキーワード

上の例がわかりやすい。よくマスコミが「再犯率が高い~」という報道をするけど、再犯者率と間違っていることがありうるので注意しようね。再犯者率の高さから、再犯率の高さを導くことができないことがわかると思う。

 

だから、今まで話してきたように、「性犯罪者の再犯率は50%」という数字の信ぴょう性は疑わざるを得ない。再犯率とはいっても、例えば「一定期間」をどうとるかだけでも、数字は変わってきてしまうし、「一回目の犯行をした人が、二回目に及んだ」ケースと、「複数回犯行したことのある人が、またまた犯行した」ケースでも、やはり再犯率は変わる。

 

結局、再犯率は50%というデータに出自があったとしても、初期条件が提示されていなければ、「性犯罪の再犯率は高い」と主張することはできないはずだね。まあ再犯率と再犯者率を取り替えちゃってるというのも十分考えられるけど。

 

むしろ、この記事のブクマにあったpdfファイルによれば、

罪名ごとの再入者の前刑罪名別構成比につ いて,最近 20年間の推移を見ると,その傾向に大きな変化はなかった。

強姦について,同一罪名再入者(再入罪名と前刑罪名が同一である者をいう。)の割合は 27.7%,同種罪名の強制
わいせつが前刑罪名である者の割合は 7.3%である。

http://www.moj.go.jp/content/001162857.pdf (31ページ目)

とあり、これは窃盗の73.8%、覚せい剤取締法違反の72.8%、詐欺の49.5%に比べれば大分低い。

ということで、そもそもの土台から崩れちゃったわけだけど、この後人権に関してとんでもない誤解をされているようなので、それも書いていく。

 

人権とは何なのか

どこかの廃村や無人島などに、金さえ払えば本来なら違法であるレイプをやり放題の「レイプ特区」を作り、そこでレイプされる性奴隷として重大な犯罪を犯した受刑者を強制的に派遣するのです。

(中略)

受刑者の人権?そんなものは知らない。正直者がバカを見るような現代社会には、このくらい強烈な改革を行わないと、このままでは我々のような善良な国民が損をするだけの、ある意味激しい人権侵害を受けてるのにも等しい状態なのですから。

 

人権というのが何なのか、振り返ってみよう。

 

現在日本で当たり前のように思われている「言論の自由」「仕事を選ぶ自由」「所有する自由」などは、当時のヨーロッパでは認められてなかった。

しかし、近代哲学くんが頑張ってあれやこれやしたおかげで、「人間の本質は自由であるよ」ということを示しちゃって、それまでの制度……一部の高貴な人間が、大多数の貧窮した平民たちを権力や金にモノ言わせて支配するという制度がひっくり返された。つまり、みんなで社会を作っていこうよ、という姿勢になったんだ。

自分がもつ「自由」をいったん外に預ける。外というのは統治機関(国とか政府とか)ね。この統治機関はいろんなことを決めたり変えたりする権力をもつ。そしてこの権力で以って全員が自由を確保できるようなルールを作るんだな。

 

つまり何か。民主主義だ。

そして民主主義を確保するためにはとある条件が必要になる。

それは人間同士の平等だ。

一人の人間は他の大多数と同じ人間であって、何の優劣の差もないはず。

つまり一人の人間が絶対的権力を手にしたり、逆に不当な扱いをうけて自由を侵害されたりすることがあってはならないと認めることを意味する。

 

選挙を例にしてみよう。お金をいっぱい稼いでいる人には一人10票与えるけど、所得が200万円以下の人は0.5票にします、なんて決まりができたらどうだろう。それはもう民主主義じゃないよね。

だって「お金持ちに有利なルール」が出来上がっちゃうから。自分が預けたはずの自由が戻ってこない貧困層の人たちにとって、これは「平等」ではない。

人間が平等と仮定することで初めて、「自分の自由を統治機関に預け、統治機関が全員の自由を確保して個々人に還元する」ことが可能になるんだな。

 

そして、人間が平等だと仮定してから認められる権利を人権と名付けた

こうして人権がこの世に生まれた。

 

 

世界人権宣言の第一条。

「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない」。

近代哲学が苦労のすえ手に入れた成果をこれほどまでに簡潔に、それでいて的確に表していることばは見つからない。

人間は生まれつき自由で、平等なんだ。政治に参加して、ルールを決める権利を持ってるんだ。人権を持っているんだ。そこに例外はない。たとえ犯罪者だったとしても。

 

人の権利を踏みにじった者に人権はあるか

ここから難しい話になるよ。犯罪者、つまり「人の権利とか自由を踏みにじった者に、人権を認めるべきか」という問題。これの答えは当然「ある」になるはずなんだけど、ここを誤解している人が本当に多い。

 

答えの理由もやっぱり人間の平等で説明できる。

つまり、「誰でも過ちを犯しうる」からなんだな。

過ちを犯すってのは人の権利を踏みにじることよ。

まずかったのはこの部分だった。自分や自分に関する人たちを考慮の外に出してしまったとき、この極端な「犯罪者に人権を認めるな」という言説が出てきてしまう。

 

例えば。

「自分や自分の家族が、死ぬまでに重罪を犯さない保証がありますか。根拠がありますか」と聞かれれば、誰も聖人君子じゃないから、「うーん、10年もすれば人間は変わっちゃうから、捕まってないなんて保証はないぞ?」って。私も自信がない。

 

だから犯罪者にも人権を認める必要があるんだ。いつか自分が犯罪者にならないなんて保証は誰もできないから。「かっとなって刺した」という言葉みたいにね。

 

じじつ、法律では「限りなくクロに近いシロ」の人にでも、罪が確定するまでは無罪として取り扱う「推定無罪」の考え方があるし、何人も人を殺した犯人でも、弁護士をつけて裁判で弁護してもらう権利がある。

 

上エントリの議論に合わせて言えば、「自分とか親族が性犯罪者にならない」という保証もないのに、「性犯罪者の人権を認めるな」という言説が受け入れられるか、という話だ。自分や自分の家族が特区に入ることもいとわないなら認められるだろうけど。

 

被害者の感情と刑罰の重さは別である

残念ながら、被害者や被害者の家族が「許さない!!」ってどんなに思ってても、それは刑罰の判断の一思考材料にしかなりえないし、平等を期すため加害者の感情も考慮される。

判決が被害者サイドにとってどんなに理不尽な結果だったとしても、加害者を含む誰にでも人権を認め、法律でもってそれを保障する限り、裁判という「ルール」で以って規定されたことに、両者従わなきゃいけない。

 

刑罰を復讐とみなす考え方も正しいけど、完全なる復讐として実現されることはない。むしろ「社会の秩序を乱さないため」といったほうが正しいだろう。

なぜなら加害者のほうにだって人権があって、加害者を裁くための「法律」でその人権を守っているから。

だから、法律という「みんなの権利を守るためのモノ」を個人の感情だけで取り扱うことがあれば、それはまさに民主主義の崩壊に他ならない。

絶対的権力の行使、独裁政治、天安門、ウッ、頭が痛い……!

 

そういうわけで、性犯罪者のことを許せない気持ちは120%共感できるけど、それを実行するとなると、反対がいっぱいくるのは当然の話。

※ココ大事。私は決して加害者のことを許しているのではない。感情と理性は別だと述べているにすぎません。

 

もしくは、それをしたいなら、周りの反対とか批判をおしきって、現在民主主義で決められているルールを変えるだけの力を自分が持つしかないが、それは当然「人間の自由を侵害することが許されてた時代」に逆戻りすることを意味するわけで。

 

再犯をどう防ぐか

被害者にとって本当に重要なのは、加害者への復讐なのか?否、加害者が立ち直って、社会に貢献することではないかと。それが償いだろうと、私は思う。

 

まあ例によって「自分の家族がやられても同じこと言えるのか!!」には答えられない。でも、遺族でない人がそれを言うなら、それこそ言論封じだと思う。

家族を殺されたことのある人しか、人を裁けないのか?意見を言えないのか?

違うだろう。

 

だからこそ、再犯をどう防ぐかが問題なんだな。「どうせあいつはまたやらかすに決まってるから、人権なんていらないさ」という考えじゃない。「あいつがやらかさないように済む方法を、みんなで考えよう」と。

みんなでその人の社会復帰をバックアップしていく姿勢。

 

その姿勢こそが、真に人権を理解しているということであり、「自分が過ちを犯す可能性を考慮に入れている」ということだ。人間は完璧じゃないんだから、結局はどこかで折り合いつけて、許し合うしかない。

 

 

まあ上のエントリ、id:butao_oさんは「みなさん投票よろしくね~」とおちゃらけた感じだったので、もしかしたら私がマジレスしてるだけかもしれない。お許しくださいな~

 

それでは、本日はこのへんで。

 

 

追記:

子をなくした父として」に、1994年のいじめ事件で息子を失った父親への、重松清さんのインタビューがあります。

 

重松:  もし万が一、自分の娘が、同級生のいじめに遭って、死を選んだとしたら―僕はこれ想像しかできないので、本当に申し訳ないんですけども―ずっと赦さない、と思うんです、相手を。で、一生憎み続けるだろうし、命日に手を合わせようが、何しようが、ほんとにまさに命を奪ってやりたいとさえ思うかも知れません。お父さんのお気持ちの中には、そういう「怒り・憎しみ・怨み」というものはほんとにないんですか?
 
大河内:  そういうのはないですね。ただ一つ言いたいのは、「清輝の代わりにしっかり生きてくれよ」という、そういう気持だけですね。ほんとに清輝は亡くなったんだけど、「清輝の分まで一生懸命やってよ。そうじゃないと赦さないぞ」という気持はありますね。「清輝の命の重さを自分のものとして、ほんとにどういう形かわからないんですが、しっかり生きていってくれないと、ほんとに清輝が浮かばれないな」という、いつもそういう気持ですね。

 

被害者の感情は、第三者が「憎しみ・怒り」で片付けられるほど単純でないこともご留意ください。結局我々はいつ自分が過ちを犯すかも、それを無事償えるかも、自分が他人を赦せるかどうかも、その時になってみないとわからんのです。

収益報告したら嫉妬でアドセンス狩りにあった知り合いの話

ブログ

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私は収益報告やPV報告をしないと決めている。そんなのどうでもいいとかいう正論はNG

 

これらはブロガーにとっては確かに役に立つかもしれないが、ブログに全く興味のない……いわば私の記事を読むためだけに来てくださっている人にとっては、あまり意味がないかな?と勝手に感じるからなのだが、理由はそれだけではない。知人……その人をAさんとしよう。Aさんが収益報告をしたばかりに、広告を連打されてGoogle Adsenseを剥奪され、嫉妬って怖いなと思ったからである。

 

え、この記事も意味がないって……?すみません。書かせてください。

 

アドセンス狩り

このブログもそうだし、恐らく大半のブログにははっ付けてあると思うが、Google Adsenseというウェブ上の広告が表示されているのにお気づきだろうか。あまり明るくない人のために解説しておくと、我々がGoogleのつくったプログラムを使い、こうやってブログに会社の広告を貼るかわりに、企業はGoogleに広告料を払う。

 

この広告がクリックされれば、Googleは貼ってくれたかわりとして我々にオカネをめぐんでくれるんだ。おお、神よ。

 

だからまあ言い方悪いけどブロガーが稼げるかどうかは完全にGoogle様の機嫌によってくる。極端な話「お前は気にくわないからもう広告ははっ付けさせないよー!」とか、「なんかムカつくからお前のブログは検索結果に表示しないよ!」なんてことも、一応可能である。これはもうどんなブロガーも敵わない。

 

Googleをみんなが使い続ける限り、我々は決してGoogleに対抗することはできないんだな。某高知に移住したボウリングピンも、某ウサギさんも、某クマさんも、某ネコさんも、某ピピピな美少女さんも、敵わない。

そういう風になってる。

 

Googleとしては、「広告主(企業)が嫌うことはみんなにやってほしくない」というわけで、それは何かというと「興味もないのに広告をクリックする」ということだ。そしてGoogleはこれをブロガーにやられることを一番嫌う。

つまり、誰もが考えそうなのが、自分のブログにはっ付けた広告を自分でクリックしちゃえば、オカネが入ってくるぞ!!」ってことだけど、Googleはこれを厳しく禁止してる。なぜかというとそれが広告主にとって一銭の得にもならないから。買う気もないのにクリックされちゃあ、困るんだ。

 

いや、それだけじゃない。ブロガー単体だけじゃなくて、周りの人がグルになっていたら?5人くらいの友人を集めて、自分のブログの広告をいっぱいクリックさせた

それも当然、Googleは禁止している。そうしないと広告主が得しないからね。

確か「知り合いなどに広告をクリックさせることも禁止されています」という文言が規約にあった。

 

でも、これを逆手に取ることができるんだな。嫌いな人のブログに立ち寄り、わざと広告を連打することで、その人のアカウントを剥奪する。

そういう罪深き人のパソコンはきっとF5ボタンだけすり減ってるんだろう。

だって傍目には、「ブロガーが頼んでクリック連打させたのか」「誰かが気まぐれで連打したのか」わからないんだもの。

 

広告クリックに関するアボセンス

アボセンスとは「アドセンス(広告)があぼーん(なくなること)する」という意味だ。まあ何だ、自分のブログにGoogle提供の広告を貼る権利をなくす ぐらいに捉えてください。

実は大きく分けて二つのパターンを聞く。

一つ目には、「自分のアドセンスコードがエロサイトに貼られてた」というもの、二つ目には、「広告を自分で・誰かが連打した」というもの。

 

詳しくは話さないけど、一つ目はまあ対策ができる。チェックを入れるだけでできた。問題は二つ目だ。広告を貼り続けている限り、匿名の誰かによる連打の危険から免れることはできない。広告連打を防ぐ手立てもないし、アカウントが消されてからえん罪を証明するのもほぼ不可能ときた。

 

ただ唯一、我々ブロガーは広告確認のページで、「クリック率」というのを見ることができる。これは「1PV(ページを一つ見れば1PV、二つ見れば2PV)あたりどれくらい広告がクリックされているか」を示す値だ。難しい話はここではしない。

練習問題。100PVで1回広告がクリックされたら?答えは1%。じゃあ300PVで30回だったら?答えは10%。

 

つまり、クリックされた数じゃなくて、PVに対してどれくらいクリックされたか?という比を見るわけだから、記事がバズってもその数値は極端に変わらないはず。

ブログにもよるけど、それぞれ「普通は何%ぐらい」という基準があって、ある日だけ大きくクリック率が上がっていたら怪しいぞー?なんて思うわけだ。

それは誰かが意図的に何度もクリックした可能性がかなり高いから、Googleに報告しなければならない。しなかったら「お前、知人にクリックさせただろ!!!」と思われ、アカウントをはく奪されてしまうことがある。(普通は警告だけだったりするけど)

 

そして実際にAさんはそうなっちゃったんだな。

 

不幸の予兆

これは数年前の話だから、今とは様子が違うかもしれない。がともかく、そういうこともまれにあるのだということを、よーくわかっていてほしい。

Aさんはびみょーな知名度のブロガーだったらしい。と言ってはいるけど、たぶんほとんど無名だと思う。

 

彼がとあるタイムリーな事件のことについて記事にしたところ、それがバズった(アクセスが急増した)らしく、その月だけで数百円は稼げて、珍しくホクホクだった。

プロブロガーさんにとってはハシタ金でも、やはりこの時期のブロガーの数百円はかなり嬉しかったのだろう。誰が読むわけでもないのに、そのことを収益報告にしてまとめてしまった。

タイムリーな記事だからみんな検索で来たのかな?と勝手に想像。本当に金を産むのは検索流入だって何度も言われてるし。

 

収益とPVの報告を記事にまとめたところ、後日コメントがついたという。

「ゲスい話でしか金を稼げないアフィ乞食」

 と。なんかそんな感じのことを言っていた。

かなり怖い。

こんなのはブロガーによくあることだ!と無理やり溜飲を下げて、彼はコメントを削除した。ただ気には障ったのかその後コメント欄は閉鎖したらしい。

Aさんいわく「これが全ての始まりだったのかも」と。

 

あまりに無知だったAさん

当時はアボセンスもあまり話題になってなかったらしく、別にいいか~という感じで呑気に構えていたAさん。いつもに比べてえらくクリック率が高かったことには気が付いていたが、クリック率という数字もよくわかっておらず、「なんかエラく収益高いな今日。余波か?」ぐらいでしかなかったという。

だがブログを始めて思うのは「Aさん無知だったんだな~」という感想だった。クリック率さえわからないのにアドセンス貼ってるってリスキーすぎない?よく審査とか通ったな。

 

その日は結局数百円稼いだ(同一IPからのクリックは後ほどバレて減らされるから、稼いだとは言えないけど)らしい。そりゃそうだ。誰かが連打したんだろう。

誰かってのはきっと、例のコメントを打ったアイツなわけだけど。

 

無知は罪だなんてことばがある。それは極端にしろ、金を稼ぐ場面で「知りませんでした」は通用しない。彼はあまりにブログを、アドセンスの仕組みを知らな過ぎた。

それが後々の悲劇につながるとも知らず。

 

出張に出かけて……

その後、ブログの更新間隔と被らないタイミングでAさんに出張の命令?が下りた。これはラッキー!と思い、ブログには一切手をつけずに出張に出かける。クリック率も収益画面も全く確認していなかったという。でもたぶんクリックされ続けてたんだろうな。

彼は「プライベートでのみブログをいじりたい」タイプであったらしく、出張先とかホテルとかであまりブログのことは考えたくなかったようだ。

また、仕事用のメルアドとプライベート用のメルアドは分けていて、仕事用のパソコンでは仕事用のメルアドしか扱っていなかったため、配信停止のメール(後述)も見ていなかったという。

 

そして家に帰ってきて愕然。本来広告があるべきところが空白になっていたのだから。

届いていたメールを見てようやくコトの重大さに気付くAさん。

「不正行為の可能性~みたいなメールが来てた」なんて言ってたけど、たぶんそれが一発没収のメールだったのだろう。

 

結局どうしようもなくて、一度あぼーんされたアカウントはほとんど取り戻せないことを知ったAさんは、絶望してブログをやめたとさ。おしまい。

「どうしてGoogle Adsense以外の広告サービスを使わなかったのか?」というところですが、会ったら聞きます。なんかもう、そういうところも含めて無知だったのかなぁ……。

 

結論。

ですから、皆さまに置かれましては、ちゃんとクリック率を毎日確認するとともに、いっそのこと「嫉妬されるようなこと(特にオカネ関係)は書かない」と決めてしまうのも手かと思います。

もしくは、無効なクリックをチェックするツールとか、クリックした人のIPを割り出すツールなんかもあります。

 

収益報告やPV報告で読ませる文を書くってのもなかなか難しく、こういう嫉妬みたいなエピソードもあるので、「みんながやってるから」というだけの理由なら、むしろやらないほうがマシなんじゃないかな?と最近思うようになってきました。ブロガー以外の大多数からしたらどうでもいいし。

 

まあ私は見ないんですけどね。

 

嫉妬でクリック連打しそうだから!!

 

ありがとうございました。

「差別は駄目だ!」としか主張しない姿勢もまた危うい?

時事ネタ・社会問題

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先日、小学六年生の子に「なぜ差別してはいけないんですか」と尋ねられた。私は答えに詰まってしまった。ちなみに本人は反語じゃなくて疑問のニュアンスで聞いてきたから、彼が特別捻くれてた……とかではないと思う。

そういえばなんでなんだろ。

とりあえず「そりゃあ差別された側が傷つくからでしょ。しかも平等に人間の能力を測るのを邪魔しちゃうしね」と答えておいたが、後からよくよく考えてみるとこれ、答えになってないんだよね。

で、もっともっと考えると、結構な数の人が「差別=駄目」だとは思ってるけど、自分も含めてそれがなぜなのか説明できない……という。アタマの良い方がブクマで教えてくださることを期待……はしてないから、とりあえず自分の考えを述べていく。

 

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【新大学生必見】NHKと契約しない・解約する方法

時事ネタ・社会問題

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以前このようなエントリを書いたところ、なかなかアクセスが集まっているようでした。新大学生が見に来てくださっているのかな?

だから今回はそんな方々に向けて、NHKというヤクザ企業と契約せずに済む・安心して解約できる方法の完全版を書いてみます。

 

www.chishikiyoku.com

 

 

言葉尻つかまえられるのも嫌なので一応最初に断っておきます。

 

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【中学生でも】関数ってなに?可能な限りわかりやすく解説

数学

今日は身近だけど身近じゃない数学用語「関数」について、可能な限りxやらyやらを使わずに説明していくことにします。最後にちょっと出てくるけど。

注意点が一つ、二つ。

 

一つ目。

これは当然、数学科に所属する学生に向けたような高度な講義ではありません。関数というものを手っ取り早く理解したいけど、Wikipediaを読んでもワケクチャわからん!という数学苦手な方、もしくは中学生向けの講義です。

数学科の方はちゃんと解析学のテキストで勉強しましょう。

 

二つ目。

これだけ読んで本質掴んだ気になられても困ります。

以前このエントリでも書きましたが、

 

 

www.chishikiyoku.com

例えた時点で一定の厳密さ・正しさを失くしていることには自覚せねばなりません

例えた時点で数学的厳密さは失われてしまいます。例えというのはあくまで話をわかりやすくするためのものにすぎません。

今回は数学のキモである厳密性(論理の部分)を丸々削っての説明になってますから、ちゃんと関数について知りたいやい!という方はそれなりの時間とお金をかけてください。

 

それでも良い方のみ以下、どうぞお楽しみください。

 

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生き方ライフハックは実用のためにあるんじゃない

言論

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ライフハック記事が検索を汚染する?

この前、ちょっとした用事があって「そういえば照れ隠しで頭を掻くのってどういう理由なんだろ」と思って調べてみた。「照れ隠し 頭を掻く」とね。

 

私が読みたかったのは公式なサイトとか心理学の専門家が書いた文章とか統計データとか実験のpdfだったのだが、まあ出てこない出てこない。結局6ページぐらいまで登っていって、諦めた。

代わりに出てきたのが

 

男性が照れ隠しのためにとる仕草〇選!

男が照れ隠しにとる行動〇選!

 

みたいなうっすいうっすいサイト。お前それ本当に考えてんのかよ。

中学生でも絞り出して書けるぞ。

検索してるとこんな現象は毎日のようにあるわけなんだけど、この前ついに出会っちゃったんだな。

 

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「誤用の一例だ!乱れだ!若者言葉だ!」とドヤ顔で叩く人いるけど

言語・言語学

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今日はことばの話をしよう。ことばの誤用に関する問題だ。語用論ならぬ誤用論とでも言おうか。いや、誤用も語用論の一部か……。

というと、「どうせコイツが誤用をあげつらって終わりなんだろうな」と思われるかもしれないが、実は主張は逆である。読み進めてほしい。

 

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たった2000円の金で10年の縁が切れた友人の話

言論

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今日は体験談を投稿してみようと思う。といってもまあ寓話のようなものだ。何かを学べる。

 

こう見えて交友範囲が結構広いので、古今東西いろんな友人のエピソードを持っていて、あと100ぐらいは話せる……というのは嘘にしても、今回の話もその1つなのは間違いない。

 

私にはかれこれ十数年の付き合いになる友人がいる。まあ何人かいるのだが、その中でも特に仲が良かった2人に焦点を当てる。その2人と私は親友だった。

片方をカラオケ君、もう片方をオカネ君と呼ぶことにする。

 

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【微エロ】男の浪漫、チラリズムについて語ろう【第一回】

ちょっとエロい

世の男性諸君、こんな経験はないだろうか。

スカートをはいた女の子が階段を登っていく。好きというほどではないが、気にはしている子だ。

少し胸を高鳴らせながら見ていると、ついに角度がアレになって、スカートの中のアレがアレしそうになる。あぁ……良きかな、と思いながら前かがみ気味に自分も階段を登っていった。

 

今日は私がアッチ系で心から尊敬を抱く某id:butao_oさんや某id:gundamoonさんのようにはいかないが、変態らしい記事を書いてみようと思う。

予め断っておくが、これは低俗な記事だ。ブクマやコメント欄にて『低俗だ!』とか『つまらない!』『ぜーた氏ね』とか言われても、私は対応ができない。

こうやって予防線を張っているのだから、閲覧は自己責任制だろう……!

と、勝手に決めつけさせてもらう。

 

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